カフェ・ド・フロール : 映画評論・批評
2015年3月24日更新
2015年3月28日よりYEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
過去と現在の物語がスピリチュアルな結びつきを見せる〈魂の旅〉
「ダラス・バイヤーズクラブ」でオスカー3冠受賞を果たしたジャン=マルク・バレの新作は、半世紀近い時空を超えた〈魂の旅〉を主題にしている。1960年代末のパリでダウン症の息子を抱えて、奮闘するシングルマザーの美容師ジャクリーヌ(バネッサ・パラディ)、そして現代のモントリオールを舞台に、DJとして人気を博し、プール付きの家で2人の娘と若い恋人ローズとともに快適な生活を送るアントワーヌ、一方、離婚によって傷心の日々を過ごす別れた妻キャロルの対照的な日常が点描される。この一見、何の関連もない2つの物語が並行して紡がれるのだが、当初、見る者は、このよけいな説明を一切排した〈語り口〉に、いささか困惑させられるかもしれない。
とりわけ、現在から時制を溯り、若き日にソウルメイトとして出会ったはずの夫婦の関係がエロティックな若い女の出現によって亀裂が入り、崩壊に至るまでのプロセスを細かいカットの積み重ねで描写する手法は、そのままキャロルの抱える強迫神経症的な焦燥と苛立ちを際立たせるかのようだ。手持ちキャメラによる微細な揺れが、画面に絶えざる緊張と弛緩を交互にもたらし、不思議なリアリティを生んでいる。
キャロルは心理的な軋みがきわまって、やがて〈小さなモンスター〉の幻覚にさいなまれ、霊能師を訪れる。このあたりから、〈現在〉と、息子がクラスに編入された同じダウン症の少女と一瞬で恋に落ちてしまったジャクリーヌの耐え難い苦しみを映し出す〈過去〉とが交錯し、はるかに共振し始める。超常的なキャラクターによって、映画は、一挙に神秘主義的なヴィジョンを帯び、2つの物語が意想外なかたちで結びつけられるのだ。静謐さ漂うラストをどう受け止めるべきだろうか。審美的な映像によって、スピリチュアルなものをどこまで大胆に視覚化できるかという果敢な試みではある。
(高崎俊夫)