「主演俳優の一人劇。」オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分 alalaさんの映画レビュー(感想・評価)
主演俳優の一人劇。
邦題のサブタイトル「その夜、86分」というだけあって、実際86分の映画です。なので、ほぼリアルタイム感覚で話が進みます。夜に車内で見たら臨場感あるかも…笑
多少は他の人も出てくるのかと思いきや、完全に一人劇場でした。80分間オッサンの顔見てるだけ。なのに飽きさせないトム・ハーディの演技が素晴らしい。
飽きさせないと言っても、途中ちょっとした中弛みは感じました…が、予想では開始20分くらいで見るのをやめても仕方ないくらいダルい映画かと思っていたので…(^^;
DVD買うほどのもんじゃないとは思いますが、見て損はしない映画だったと思います。
アメリカ・イギリス合作の映画らしいですが、どちらかというとイギリス映画の雰囲気かなと。アメリカ映画代表みたいな派手さや盛り上がりは全然ないです。
内容は別に驚きがあるわけでもないし謎もないので、特別何の感想もなしって感じの話なんですが(ヨーロッパの方は何の盛り上がりもないけど日常切り取ってみたような映画多い気がしますが)、80分も車内でオッサンの顔見てるだけなのに殆ど飽きさせないスピード感の緩急と、最初と最後に流れる印象的な音楽、主演は勿論、声だけの俳優陣も演技が素晴らしかったのでこの評価です。
あらすじ:
主人公のアイヴァンは、妻と2人の息子を持つ建築現場監督。家族仲も良く、仕事でも評価されていた。しかし、ロンドンへ出張へ行った際、現地の秘書ベッサンと不倫してしまう。40代も後半の孤独なベッサンに同情し、自分も出張中で寂しかったのもあり、どうせだから相手をしてやろうと思いあがって一晩ベッドを共にしたことにより、ベッサンは子供を授かってしまう。出産予定日の2か月前、翌日に大事な仕事を控えたある日、ベッサンから破水したとの連絡が入り、慌てたアイヴァンは、大事な仕事も家族との約束も放り出し「ベッサンの件の責任は自分にある」とベッサンの入院するロンドンの産婦人科に向かうが…
以下ネタバレ
あらすじを読んで何となくわかったかとは思いますが、まぁ結局は自業自得のストーリー。
レビューを読んでいると結構「不倫はしたけどアイヴァンは真面目な人」とか、自分のしたことの責任をきちんと取ろうとしている、みたいな解釈がチラホラあるのですが、本当にそうなのかな?と。各々の解釈なのでケチをつけるわけではないんですが…
劇中でアイヴァンは、頻繁に自分のロクデナシ親父に向かって話しかけます。もちろんこれはアイヴァンの妄想というか、自分の失態にクズ父親の面影を見ているだけなのですが、その内容が「俺はあのロクデナシとは違う」「責任を取らないことで父親と同じと思いたくない」というようなことばかりなんですよね。
純粋に「家族を大切にするべきだったのに、やってしまった…どうしても家族とやり直したい、許してほしい」という感じではなく、台詞の端々に「責任取ってやったぞ、これであのロクデナシと俺が同類とは言わせないぞ」という感じで、まあ元々不倫する人ってそんなもんなんでしょうけど、妻に対する話し方も、どうも悪い事した、傷つけて申し訳ないって感じじゃない。実際謝ってもいなかったような。「こんなことがあって、こういう理由で不倫しちゃったんだけど、まあ1回だけだし問題ないよね?これからどうする?」みたいな態度。
基本的に思い上がりが凄くて、原題のロックというのがアイヴァンの苗字なんですが、「俺一人の力でロックの名を立て直してやった」みたいなことを言ってたりします。すんごい自信。身近にいたらめちゃくちゃ嫌われてそうなタイプ。
劇中、アイヴァンの元へは仕事仲間、上司、不倫相手、産婦人科医、妻、子供などなど、色んな人から電話がかかってくるのですが、殆ど自分本位で、何故か局面を動かすのは自分だと思い込んでる。
あらすじに「仕事放り出して」と書きましたが、実際には、本部にアイヴァンのクビを取り消してもらうよう必死に頼み込んでくれた上司に向かって「不倫相手の出産に立ち会うから現場には行かないが、代理の監督には任せない、電話で自分が同僚に指示するから邪魔すんな」。もうクビになっているにも関わらずです。まぁこの上司の名前、電話の登録名が「クソ野郎」になっているので、元々嫌いなんでしょうけど(^^;
そして同僚には「俺が全部指示するから、俺の言う事だけ聞いてれば良い。上司の電話には出るな」。
「私のこと愛してる?」と訊いてきた不倫相手のベッサンに対しては「今車飛ばしてそっちに向かってる、同情で抱いただけだからお前なんか知らない人間同然だし全然愛してないけど、一応子供できちゃったから責任とって認知はする」。
不倫したこと・不倫相手に子供ができたこと・その出産に立ち会うために家族との約束をすっぽかしたことを突然聞かされ動揺している妻に対しては「こういう経緯で不倫したけど、相手の女のことよく知らないし愛してないし、愛してるのはお前だけだから。出産の立ち合い終わったら帰るから、今まで通りそっちで暮らすわ。不倫相手の女?出産?そんなことより俺たちの今後の話しようぜ(当然許してくれるよな?)。」
要するに、アイヴァンは自分のやらかしたことに対して反省した結果、責任を取ろうとしているのではなく、「自分はロクデナシの親父とは違うと思いたい」からリカバーしようと必死なのです。ここまでやればクズの父親と同類にはされないだろ、これで俺は仕事でも、夫としても、親としても親父より立派だろ、と思いたいだけの自己満足なのです。
最後に残るのは、同情で「抱いてやった」不倫相手と、過ちでできてしまった赤ん坊。最後これで流産とかだったら嫌なラストだな…と変にドキドキしましたが、一応出産は無事終わり、希望のあるラスト…なのかなぁ?
結局のところ、不倫相手は「誰でも良いから傍にいて欲しい」という気持ちでしかないんでしょうから、結婚してもうまくはいかないでしょう。子供も、愛情なく責任だけで一緒にいられるってどんな感じでしょうか。「ロックの名を継ぐこと」は、この子にとって本当に恥ではないのでしょうか?
捨てる神あれば拾う神ありで、辛うじて息子はアイヴァンのことを嫌ってはいませんが…
しかし妻との電話は酷いもんでした。
「1回の過ちだ」と何度も繰り返すアイヴァンに、妻は「その1回で全てが変わる」と返します。この一言、この映画の中でかなり痛烈です。実際、その1回の不倫のせいで仕事もクビになり家族も失ったわけですから、象徴的な一言といっても良いでしょう。
そして、よくよく妻の話を聞いていると、どうやら上手くやっていたと思っていたのはアイヴァンだけで、妻は前から寂しい思いや不満を抱えていたんですね。なのに、アイヴァンは「出張先で寂しかったから浮気しちゃった~1回だけだけど」「相手は誰にも相手にされない可哀想な女だから仕方なかったんだよ~よく知らねーけど」。
妻が許せなかったのは、不倫自体よりも、夫が真面目に働いているからそれを支えようと辛くても黙って耐えてきたのに、それを当然と思ってあまつさえ裏切りやがった、しかも謝罪もなく事情と言い訳ばかりで、許してもらえると思ってやがるぞこいつ!ってところなのでは。
「朝には機嫌も直ってるだろう…そう思おう」とアイヴァンは希望的観測をしますが、そもそも不倫した、不倫相手が出産しますと突然言われて動揺して「何でそんなことを!?信じられない!」ってなってる相手に「そんなことより今後のこと話し合おう」って、一体…
相手の気持ちを考えず「そんなこと」で済ませて、自分のペースで話を進めようとするし、「今後」があると思ってる時点で反省してないな、こやつ。と思ってしまいました。
色んな人との電話の中で、相手の様々な感情を随所に感じられるわけなんですが、特にラストの息子との電話が本当に悲しくて…
いや、息子…エディお前…
ちなみに息子エディ役は最近話題のトム・ホランド君です。声だけですが。
長々語りましたが、映画としてはよくできていたと思います。が、如何せん主人公がウワーな台詞連発で、もう見てらんない…と思うシーンは何度もあります。
あと、いくらトム・ハーディがすげー俳優だとしても、流石に1人で86分は長かった。電話が至る所からガンガンかかってきて、後半はもう、誰かと喋ってる最中にも「電話きたよ!」と通知が入ってイライラする!って描写があるくらい賑わっているのですが、電話が鳴らない時はちょっと中弛みします。父親の幻影と喋ってる時とか特に。でもあれが一番大事な内容なんですよね。
妻とは離婚でしょうから、最終的にアイヴァンの姓「ロック」を名乗ることになるのは、(結婚するとすれば)不倫相手の子供だけになるということなのかな。
だとすると、「俺一人でロックの名を立て直した」と本人は言っていたけど、結局ロクデナシのロック家は続いていくことになりそう。
仕事以外、完全に思考停止状態で何となく生きてきたのが、追い詰められて初めて自分で何かを決めなきゃいけなくなってアタフタしてるような感じで、多分こうやってボカして表現すると、同じような生き方をしてる人ってかなり多いんじゃないかと思います。
思考停止状態の人に「何で?」と質問すると、結構な確率で嫌な顔されますよね。別に失礼な事訊いたわけじゃないのに。
下らない質問ならそれでも良いでしょうが、取り返しのつかない過ちかどうかは、事前によく考えてから行動に移さないとこうなるよっていうわかりやすいお話でもありました。
1つ不思議だったのが、何で主人公あんな酷い風邪っぴきだったのか…トム・ハーディがたまたま風邪ひいてたからそのまま…とかではないよね、流石に。劇中ずっと鼻かんだり薬飲んだり(?)してるんですが、何の意味があったのかは不明。これもしかして途中で風邪酷くなって頭が朦朧として事故るENDなんじゃ…と途中から別の意味でハラハラしてました。
とにかくラストの息子の演技(声のみ)だけでも聴く価値あるなぁとか思ってしまった自分は別にトム・ホランドのファンではないです。