「結局「いい人」で片付けるのか?」ヴィンセントが教えてくれたこと ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)
結局「いい人」で片付けるのか?
この映画を見ながら、武田鉄矢氏のお母さん、武田イクさんのエピソードを思い出していた。
武田鉄矢氏曰く「うちの母ちゃんは、骨がきしむほど働いてた」という。貧しい生活を笑い飛ばしながら、たくましく生きた、昭和の母の姿がそこにはあった。「母に捧げるバラード」のモデルとなった、母イクさんには、講演会の依頼が次々と舞い込んだ。当初は著名な教育評論家の前座だった。しかし、その型破りな教育論は話題を呼び、あまりの人気ぶりに、後には評論家の方が前座を務めることになったそうだ。イクさんはいう。
「善悪はわからんとです。その時は悪い行いかもしれんけど、後で良いことになる時があるとですよ」
更には、我が家には教育方針がない、とまで言い切る。武田鉄矢氏の父親は相当な大酒飲みであったそうだ。酒が入ると、当然気が大きくなる。給料日ぐらいは「ええカッコ」もしてみたい。給料全部を友人たちに大盤振る舞いしてしまう。酔っ払って家に帰り着き、カラの給料袋を前に、イク母ちゃんは激怒する。武田家では激しい夫婦喧嘩が日常茶飯事であったという。そういう親の姿を、我が子たちに、ナマで晒して見せたイク母さん。
「親が間違った生き方をしてみせたら、子供はそれを見て、ああ、親の真似をしなければ良いんだとわかる。親が生きた教科書ですばい」
前置きが長くなったが、本作「ヴィンセントが教えてくれたこと」はまさに、不良親父のヴィンセント自身が生きた教科書そのものだ。
ある日、ヴィンセントの隣に母子家庭が引っ越してくる。子供は12歳の少年オリバーだ。この子は新たに地域の小学校に転入することになる。ちびっこで新入りの転校生オリバーは、格好のイジメ対象だ。だが、後にオリバーには心強いボディーガードが付くことになる。隣に住む独居老人ヴィンセントだ。
ヴィンセントは、酒と女とギャンブル漬けの毎日。ある日、銀行の窓口で宣言される。「残高はマイナスです」
口座を解約するにも、銀行に金を返さねばならない。隣に越してきたシングルマザーのマギーは病院の技師。毎日のように帰りは遅い。12歳のオリバーを一人にしてはおけない。
マギーの提案もあり、ヴィンセントはオリバーの世話を「ビジネス」として請け負うことになった。
まあ、そこは不良じじいである。いじめられっ子オリバーに、喧嘩の仕方を教えたり、競馬で大穴を当てたり、子供相手に世の中をたくましく生きる術を体で教え込んで行く、というのが本作の内容である。
予告編で見る限り、かなりぶっ飛んだオヤジの話かな、と思っていたら、これが想像以上にマイルドな仕上がり。正直、やや拍子抜けした。
ワルでダーティーといえば、ちょうど公開中の「テッド2」の方が「ワル度」や「ダーティさ」のアルコール度数は、はるかに高い。放送禁止用語や「F⚫CK」言葉も連発する。
さて、頑固じじいが、少年に世渡りのたくましさを教え込んで行く、というストーリーなら、格好の秀作がある。クリント・イーストウッド監督の「グラン・トリノ」である。
本作は残念ながら「グラン・トリノ」の味わい深さには追いついていない。
本作において、拍子抜けするのは、ヴィンセントがワルぶるのには、原因があり、しかもそれが明快でありすぎる。根は善人なのだ、というところに落ち着いてしまうのである。
なぁ~んだ、人間って案外単純なのね、という「あっさり感」にがっかりしてしまうのである。
ヴィンセントがヴェトナム戦争に従軍したこと。認知症の奥さんを、できる限り良い施設に入れて、余生を送らせようとしたこと。
これらはラストシーン、オリバーの学校での学習発表会「僕の聖人」というテーマで披露される。
なんと、ヴィンセントは聖人に祭り上げられるのだ。
もちろんこの映画には、それゆえの爽やかさと、後味の良さがある。
ただ、僕の主観では、ヴィンセントという人物像は、まだまだ、さらなる深みや、人物の陰影を描き出せたのではないか?と思った。本作には人物像の謎がなさすぎるのである。
例えば、ジャン・レノ主演の「LEON」という格好の例がある。
いたいけな少女の願いを聞き入れた殺し屋レオン。
彼の人物像は謎だらけだ。彼がなぜ殺し屋になったのか、監督はあえて情報を観客に提示していない。そのためより謎が増している。冷酷で有能な殺し屋でありながら、毎日ミルクを二本買い求め、観葉植物をこよなく愛する、物静かな独り者。その人物像をジャン・レノという俳優は、多面体でできた鏡のように、様々な角度から人物を映し出して見せてくれる。
ビル・マーレイという、いろんな演技の「引き出し」を持った、キャリアのある俳優を使うのであれば、更なる人物像の深掘りをやっても良かったのでは……、と、ちょっと残念に思うのである。