「ズートピアという絵空事」ズートピア SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
ズートピアという絵空事
草食動物と肉食動物が仲良く暮らすユートピア、という設定が、単なるファンタジーとしての設定なのではなく、SF的な設定として置かれている点が面白かった。
大小様々な個性豊かな動物たちが暮らす世界は、子供にはもちろん楽しめるものだと思うけど、現実の社会問題が反映された様々なエピソードが入っていて、大人も充分楽しめる。
とにかく世界観が作り込まれていて、1シーン毎の情報量が半端ない。たぶん2回観ても飽きないと思う。
また、完璧な脚本で、最近ひどい脚本の映画が多い中で、珍しいと思った。やはりアニメの方が脚本を練りやすいんだろうか。
「ユートピア」という言葉は、「理想郷などどこにもない」というところから、「実はディストピア」という意味をはらんでいる。主人公が夢いっぱいにズートピアに向かうシーンは、ズートピアへの失望を予感させる。
「動物の種類(人種や生まれ)によらず、差別されない世界」「誰にでも何にでもなれるチャンスのある世界」というのは、アメリカという国の理想であり、価値観の根幹であると思うが、実際のアメリカはその正反対である、ということを皮肉っている内容のようにも見える。
主人公以外の全ての人物は、主人公の両親もふくめ、徹底したリアリストで、冒頭の学芸会で語られるような「ズートピアの理想」は建前に過ぎないと考えている。
実際主人公は、ズートピアが「差別」「偏見」「不公平」にあふれた世界であることに直面する。普通であれば、ここは、自分の考えの方を修正するところだ。しかし主人公は、ズートピアの理想を自分自身が実践しようとする。こんなまっすぐで強い主人公を好きにならないわけにいかない。
多くの現実社会に通じる問題提起がある。
主人公が、図らずも肉食獣に対する差別を煽ってしまうという展開は、本当にリアルだと思う。「そうだ、差別というのは、こうやって始まるんだ」と納得するところがある。
一見、事実や客観性に裏付けられているように見える、「生物学的に」とか「DNA的な要因で」という言葉。かつての優生学による障害者の断種政策を思わせる。
「キツネはずる賢い、と世間が思うなら、そうなってやろうと思った」というセリフは、心理学の研究であきらかにされた認知バイアスの一つだろう。こういう、現実社会にもある人間関係の複雑さや、人間の感情がいくつも描かれている。
草食獣、肉食獣が仲良く暮らすっていうのは、そもそも矛盾していて不可能なのだろう。だから、「そんなことは『ユートピア(絵空事)』に過ぎない」という意味も込めて、「ズートピア」と名付けられた。
それは、アメリカや、これからのグローバル化していく社会の抱える根本的な矛盾を暗喩している。
しかし、矛盾しているからこそ、理想を掲げて努力し続けることが大事で、それを放棄した瞬間に、最悪の世界に転げ落ちていくのだろうと思う。
最後の主人公のスピーチではそんなことを思った。
また、主人公が、とても「内省的」な性格であることも良かった。主人公は、友達のキツネを傷つけてしまったとき、「自分の正義」を疑うことができた。
矛盾した世界で、多様な人たちと共存していくには、「内省的」であることがとても必要になってくるのではないだろうか。