「新奇ではなく洗練のダークコメディ。」バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡) lylycoさんの映画レビュー(感想・評価)
新奇ではなく洗練のダークコメディ。
のっけからドラムとタイポグラフィーのシンクロがやたらと格好良い。で、唐突にブリーフ一丁の初老のおっさんが宙に浮いている。これが主人公のリーガンだ。弛んだ身体に薄ら禿げ。ああ、この映画は当たりだ、と思った。劇場で観そびれたことを悔やんでも、もう遅い。
長尺ワンカット風の撮り方も、妄想と現実がシームレスに繋がる演出も、それ自体は特段に目新しいものではないと思う。けれども、ワンカットの中で時間が自在に伸縮したり、妄想中の現実を示唆する描写や音声を並行して提示してみせたり、表現としてとても自由かつ緻密で、しかも高度に洗練されている。過去の栄光に縛られた落ち目のおっさんが、不恰好にもがきながら再起を図るなんて話はベタ中のベタだろう。ただ、それらをどう表現するかということについて、この作品は相当な高みに達していると思う。ほとんど見惚れていたといっていい。
主役のハマりっぷりから勝手に当て書きだろうと思っていたら、脚本ありきのキャスティングだっらしい。ますます凄い。マイケル・キートンなんてこれまでまったくアンテナにかかってこなかった。それこそティム・バートン版のバットマンくらいしか観た記憶がない。それが『バードマン』のマイケル・キートンか『レスラー』のミッキー・ロークかってくらいにハマっている(テーマもほぼ同じだ)。エドワード・ノートン演じるマイクのいささかエキセントリックな演劇馬鹿っぷりも、さすがのリアリティでがっつり当人のイメージと重なって見える。
そして、忘れてはいけないのがサントラだ。これが本当にとんでもない。こういう劇伴が過去にあったのかどうかはわからないけれど、門外漢のぼくは他に類例を知らない。ほとんどのシーンがドラムのみ。リアルタイムで芝居とセッションしているような緊張感とグルーヴ。リーガンの感情に寄り添うような繊細なシンクロニシティ。恥を忍んで書くけれど、ドラムがこれほど表現力豊かな楽器だとは思ってもみなかった。アントニオ・サンチェスというジャズドラマーの類稀なセッションを堪能するためだけに、またこの映画を観たいとさえ思う。
いまさらアカデミー受賞作をベタベタに褒め称えちゃって馬鹿みたいだけれど、面白いと思ったんだから仕方がない。うん、Blu-ray 買おう。サントラ盤も買おうかな。アントニオ・サンチェスの本職の方の作品も気になるなあ…。