「目には目を、歯には歯を、銃弾には銃弾を…。 深みにはまった人間を飲み込む、運命の非情さが胸をつく。」アメリカン・スナイパー たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
目には目を、歯には歯を、銃弾には銃弾を…。 深みにはまった人間を飲み込む、運命の非情さが胸をつく。
実在のスナイパー、クリス・カイルの生涯を映画化。
米海軍の精鋭部隊、ネイビーシールズに所属するスナイパーのクリス・カイルは、イラク戦争においてその伝説的な活躍から英雄として持て囃されるようになるが、次第に戦争が彼の心を蝕んでゆく…。
監督/製作は「硫黄島プロジェクト」『グラン・トリノ』の映画界のレジェンド、クリント・イーストウッド。
主人公クリス・カイルを演じたのは、『イエスマン』『ハングオーバー!』シリーズのブラッドリー・クーパー。また、クーパーは製作も担当している。
第87回 アカデミー賞において、音響編集賞を受賞!
第39回 日本アカデミー賞において、最優秀外国作品賞を受賞!
”伝説の狙撃手”クリス・カイルの人生を映画化したものではあるが、所々事実とは違う脚色が施されている。
例えば年齢。クリスがシールズの入隊訓練であるBUD/Sを受けたのは30歳だとされていたが、実際には20代ですでにシールズ入りを果たしている。
作中に登場するターゲット、"殺戮者"の存在はフィクションであり、また戦友の仇である宿敵、ムスタファは実在するもののクリス・カイルとの面識はない。
上記のように、劇映画として盛り上げる為に事実とは異なる味付けをしている作品であり、この映画の内容を鵜呑みにしてクリス・カイルという人物を分かったような気になってはいけない。
とはいえとはいえ、本作で大事なことは彼の戦場における活躍ではない。
「戦争による心の傷は、どんなに屈強な人間をも飲み込んでしまう」というリアルを描くことこそが本作のキモであり、そのことを描く絶好の題材がクリス・カイルであったのだろう。
戦場映画ではあるが、戦争映画ではあらず。あくまで人間ドラマを扱った作品なのである。
映画の冒頭、ライフルを構えたクリスの先にいるのは、子供を連れた女性。女性を殺害したあと、果たして子供を撃つのか撃たないのか…、というところでクリスの少年時代へ物語は遡る。
もうこの冒頭5分が上手すぎて上手すぎて!一気に物語の中へ引きづり込まれる感じです。
はじめてのミッションで殺害したのは女と子供。このことが最後まで彼の心に深い傷を残します。
家族の元へ帰っても何気ない日常の音やドライブに過剰に反応してしまい、すぐにまた戦場へと舞い戻る。
何も映っていないテレビの画面をじっと眺める彼の姿に、薄寒いものを覚えました。
父の教えである「羊を守る番犬であれ」という教訓が彼を突き動かしていましたが、宿敵ムスタファを撃ち倒したことにより、決定的に彼の心は崩壊します。
泣き崩れ、妻に電話する彼の姿には英雄的なところは一切ありません。
そんな彼を、銃撃の騒音と砂嵐が包み込んでゆく。カオスな戦場と崩壊した精神が渾然一体となったかのような圧倒的なカタストロフィ的結末には、宿敵を倒し仲間の仇を取ったことに対する晴れ晴れしさは皆無。
戦争の無常をここまで端的に表現したイーストウッドの手腕に脱帽。
ここで映画が終わっていても、十分悲劇的で皮肉な物語になっていたと思います。
しかし、この映画はここでは終わりません。
日常に戻り、心の病から立ち直ったカイルは、自分と同じようにPTSDにかかった軍人の支援活動をしていた矢先、その軍人によって殺害されてしまいます。
実はこの出来事が起こったのは映画化が決定し、制作が進んでいた最中。
つまり、このクライマックスは製作陣の予期せぬところだったのです。
もしもクリス・カイルが生きていたのならば、映画は全く違うものになっていたでしょう。どれだけ悲劇的な内容であったとはいえ、救いのある物語になっていたはずです。
しかし、運命は彼を逃さなかった。
作中、あるシールズ隊員が仲間が狙撃されたことに対し「目には目を」と発言していました。
この復讐法に則り、クリスはムスタファを殺害するのですが、多くの命を弾丸によって奪ってきた彼もまた、戦争が生み出した弾丸によって命を奪われるのです。
こんなにアイロニーに満ちた出来事が現実で起こり得るのですから、本当に人生って何があるかわからないものなんだな…。
イラク戦争に正義はあったのか否か、とかそういうことではないのです。
子供だろうが戦士だろうが、戦争に巻き込まれれば多大なダメージを負うのです。
今現在でも、まさに進行形で世界のどこかではこんなことが行われているという事実に、なんともやるせなさを感じずにはいられない映画でした。
英雄的な見送りからの、無音のエンドロールは強烈です…。
※早撮りで知られるクリント・イーストウッド。本作でも撮影は超スピードで行われたらしく、その日数は44日!
これだけハードな戦争描写があるにも拘らず、44日で撮れちゃうんだからすごすぎ。
しかも当時84歳だったイーストウッドは、撮影中は一切座らなかったらしい。
あのクリント・イーストウッドが立ちっぱなんだから、撮影現場では誰も座ることが出来なかったとのこと。
なんか高倉健みたいなエピソードだと思って、ちょっと笑えたんだけれど、やっぱりこのお爺さんはとんでもないお爺さんですね😅
ちなみに、本作の撮影の為に体を徹底的に鍛えたブラッドリー・クーパー。
無茶苦茶デカいなっ!と思っていたら、なんとこの撮影のために20kg以上の増量を達成したらしい🏋️♀️
自らプロデュース業も行いながら、100kgを超える筋肉ボディを作り上げるんだから、ブラッドリー・クーパーがいかにこの映画に情熱を注いでいたかがわかる。
いや、それにしても凄いな…😅