「意味に満ち溢れた世界」草原の実験 よしたださんの映画レビュー(感想・評価)
意味に満ち溢れた世界
ロシア(旧ソ連邦の周辺地域を含む)?と思わせる広大な草原の一軒家に住む父娘。ここの美しい娘と近隣に住むアジア系と、どこからともなく流れ着いたロシア系の金髪の、二人の少年の三角関係と、核実験によって破壊されていく彼らの生活を、全編一切のセリフなしで描く。
少女役のエレーナ・アンが抜群に美しい。そして、言葉を排した演技でその恋する心情を豊かに表現している。少年たちと一緒にいる時にはあまり表情豊かではない彼女が、家にいるときにふと見せる笑顔が可愛いし、これによって彼女の恋が幸せなものであることがよく伝わってくる。
また、トラックを運転している少女が、バックミラー越しに金髪の少年を見つめるときの楽しそうな表情は、恋というものの素朴さを伝える。言葉を積み重ねて、所詮は独りよがりの恋慕を声高に語る恋愛劇がいかに空しいものかを、このシークエンスは観る者に饒舌に伝える。
我々人間の言語活動は、人の口から出てくる言葉、文字によって表される言葉に限定さるものではない。表情、しぐさ、生活習慣、道具、衣装など様々なものを記号化することでコミュニケーションが可能となる。このことを実証してみせる「実験」的な映画である。
そして、コミュニケーションは双方向性が必要であり、一方的なそれは暴力にしかならないことも映画は伝える。
父親を喪った少女の家に、親族一同で迎えに来たアジア系の少年のプロポーズは、あまりにも一方的で少女には受け入れがたい。そして、草原の一隅で暮らす者たちに何も知らせることなく行われる実験は、当事者が事態を確かめる時間を与えることなく、彼らの生活と生命を一瞬にして地上から消し去るのである。
エンドクレジットが流れる間の音楽が風変わりで、聞き入ってしまう。観客がいま目の前で喪われたものについて思いを巡らせる良い時間を与えてくれる。この音楽を含めて、最後まで意味に満ち溢れた映像である。