プリデスティネーション : 映画評論・批評
2015年2月24日更新
2015年2月28日より新宿バルト9ほかにてロードショー
背徳と孤独の極北へと突き進む異形のタイムトラベルSF
オーストラリアのスピエリッグ・ブラザースが放つ「デイブレイカー」以来の新作は、ロバート・A・ハインラインの短編「輪廻の蛇」の映画化だ。このタイムトラベル小説は文庫本でわずか23ページの小品だが、一読してすんなりのみ込むのは容易でない。1970年ニューヨークの場末のバーを出発点に1940年代~1990年代をめまぐるしく移動する構成の複雑さに加え、その過程で明らかになるタイムパラドックスに秘められた歪んだ背徳性が異様な余韻を残す。よくぞ映画化に踏みきったものだと驚かずにいられないチャレンジングな企画である。
いわゆる“ネタバレ厳禁映画”なので内容に詳しく触れるのは避けるが、前半は未来からやってきた名無しのバーテンダー(イーサン・ホーク)と常連客の青年ジョンの奇妙な会話劇が回想シーンとともに展開。両者が時間旅行に旅立つ中盤以降は猛然とテンポアップし、バーテンダーが背負う数奇な“宿命(=プリデスティネーション)”の輪郭が浮き上がってくる。映像設計や衣装にフィルムノワールの様式をとり入れ、アンティークな携帯型タイムマシンなどの小道具を配した魅惑的なビジュアルと相まって、実に中身の濃いSFミステリーとなった。
スピエリッグ兄弟はバーテンダーの一人称で語られる原作をほぼ忠実に映画化しつつ、独自の脚色も施している。バーテンダーのボスである時空警察の幹部ロバートソン、ニューヨークを戦慄させる連続爆弾魔フィルズ・ボマーというふたつのキャラクターを新たに創造。この巧みなアイデアによって、原作の読者さえも未知の領域に引きずり込むどんでん返しが実現した。
またバーテンダーが関わるジョン、ジェーンという登場人物の名前は、身元不明の死体を意味するジョン・ドウ、ジェーン・ドウを連想させずにおかない。タイムトラベルの法則を逸脱する罪を重ねた人間は、もはや生者でも死者でもない究極の孤独者なのではないか。ギリシャ神話の“ウロボロスの蛇”になぞらえた無限なる時間の輪の映像化に挑んだこの映画は、私たち観客を目眩がするようなタイムパラドックスの極北へと誘うのだ。
(高橋諭治)