「すごかった」セッション 古泉智浩さんの映画レビュー(感想・評価)
すごかった
大学の教授のジャズの先生が海兵隊の新兵訓練の教官のような恐ろしいスパルタ教師で、先生のバンドの練習はトラウマレベルのしごきであった。「速い!」「遅い!」と超微妙なズレを指摘しているようなのだが、聴いているこっちはどう違うのか全く分からなくて単に難癖をつけているようにしか見えなかった。答えのない問いを延々突き付けられているようで主人公が気の毒だった。
しかしそんな主人公もかなり思い上がりの強い人物で、似た者同士ではあった。音楽やその他の表現などはそのような強い自我がなければ魅力的なものにはならないと常々思っている。魅力的な作品や演奏などパフォーマンスは、しかしそれだけでもダメで、他者からの共感を得られる何かや暖かいオーラのようなものもあった方がいい。一体作品や演奏は誰のためのものなのか。
主人公の演奏は彼自身だけの冷たい世界で、先生の指揮する音楽も彼自身のためだけ徹底的に意図以外を排除した冷たいものに見える。パソコンでプログラムして再生すればいいんじゃないかな。
主人公は最初は、先生に認められようと必死に食らいついて懸命に演奏する。その時は先生のための演奏だ。
いろいろあって学校をやめて、先生も学校をやめてお互いプロとしてバンドを一緒にやることになる。そのバンドで出場したコンテストで彼は先生に怒りを爆発させて勝手に演奏をし始める。その時は自分のために演奏する。先生に対して自分の凄まじい技量を見せつける演奏で、それにつられて先生やバンドメンバーは息を合わせていく。大変な迫力のパフォーマンスだった。
オレ凄いだろ!という圧倒的な演奏だった。見ているオレもすごく圧倒された。そこにあるのは純粋にオレすげえだけだったと思う。演奏している音楽はスタンダードな曲だそうで、楽曲にある元々の作者の意図はどれほど汲まれていたのだろう。またお客に対してなにかを伝えようと言う意図も全くないように見えた。ただ純粋に、特に先生に対して凄さを見せつけていた。
敢えて言えば社会や世界に対してクソをぶっかけるような表現だったと思う。それもありだと思う。学校の標語で「ロックは才能のない者の音楽」というような貼り紙があったけど、ロックでありパンクなのだと思う。超ハイレベルな世界のことは分からないけど、オレにはとんでもなく才能に恵まれた人にしか見えない。
この映画を見た日は、オレも友達との約束に遅刻して迷惑を掛けてしまったため、主人公が発表会に遅刻して、遅刻しただけでなく交通事故に合って演奏を台無しにしてしまった事がとても胸にしみた。オレの場合は友達がとても優しく許してもらえて有難かった。
主人公は本当に学校に先生のパワハラをチクったのだろうか、それが疑問として残った。また演奏の直前にそんな疑惑を主人公に対して先生が告げるのだが、その後演奏が滅茶苦茶になるに決まっている。どんな意図だったのだろう。