「斬新な神と厳しい社会風刺」エクソダス 神と王 SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
斬新な神と厳しい社会風刺
神があまりに斬新で、素晴らしく面白かった。
はじめは超越的な雰囲気で何を考えているかわからない登場の仕方をした神が、徐々に対話をしたり、感情を爆発させたりする人間的な面を見せていく。
また、まさしくヘブライ人の神、民族宗教の神として描かれているのも面白い。
神にまつわる演出が、神々しさよりもむしろホラー映画やサスペンスのような恐怖と不気味さに彩られている。
こうした一連の世界観が、理不尽なまでに残酷な旧約聖書の神の性格に説得力を与えている。
副題の神と王とは、一見、神とラムセスの対立のことに見えるが、どちらかといえば神とモーセのことだろう。
つまりこの映画は、神と人間のリーダーとの関係がテーマだということ。
作品中、モーセ達が狂信者、とののしられるシーンがいくつかある。観客が感情移入しているモーセ達の考え方や行動は、まさしく現代社会で狂信者とののしられる、原理主義的な信仰者に重なる。
原理主義者的信仰と、宗教より世俗の倫理を上位に置く考え方はどうあってもわかりあえない、ということに気づかされる。
エジプト人に何百年も苦しめられてきた民族の恨みを爆発させる神は、アメリカとイラク周辺の国の戦争を連想させる。
また、モーセ自身に、カナンの地にたどり着いても、そこに住み着いている人間との衝突は避けられないだろう、いうことも言わせている。
常に人間には困難がふりかかり続けるだろう、という悲観的な世界観がベースにあるが、救いも残されている。
モーセと神が協力して十戒の石版を作るシーン。二人は他のほとんどのシーンでののしったり怒ったり困惑したり懇願したりとよい関係ではなかったが、石版のシーンだけは、二人とも和やかで穏やかな表情をしている。
モーセは、自分が納得しないことは書かない、と言い、神も、そんなモーセをにこやかに受け入れる。
信仰とは、神に機械的に盲目的に従うことではない。まさに、神との対話の中で築き上げていくものである。
このような考え方が唯一、原理主義者と通じ合える道のようにも思う。