ニンフォマニアック Vol.1のレビュー・感想・評価
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トリアーは百年早い
鬱でも変態でもどっちでもよいのだが、気持ち悪い「メランコリア」から待望(?)の新作。
うわさは聞いていたが、エロ映画の超大作。今回はその前編。
さて、本作、変態で名をはせ、女性蔑視だのなんだの、言われ、それじゃお望み通りのものを作ってやる、とか言ったか言わないかは知らないが、
極めて、発想の陳腐なエロ映画、というのがVOL.1の鑑賞後の第一印象である。
VOL.1の幼少期から青春時代の主人公ジョーのエピソードは既視感満載。
トリアーは変態ではなくって、まじめだから鬱になったのか。
と思わせる。
いつの間にかエロ映画の定番曲になってしまった、ドミートリイ・ショスタコーヴィチのジャズ組曲第2番よりワルツ第2番、セックスの最高の秘訣は愛とか、性に目覚めたのは、綱登りだとか直球を投げたり、魚釣りとか、数学とか、縦列駐車とかは、ジョークではなくって、トリアー、お前、マジでそう思っているだろ?
「真面目かっ?」
と逆にトリアーに、いままで変態扱いしてごめんなさい、とこっちがトリアーに申し訳が立たなくなってしまっているのに気付く始末。
むしろ、その中で逆に「愛を語る」というのはまあ、VOL.2への展開だったりするのだろうが、それでも、その展開は陳腐なんだよなあ。
VOL.1のラストなんて、あれだよ、
セックスが気持ちよくなくなった!!、VOL.2に続く!
お前、園子温かよ。
しかし、こういうのは、石井隆のほうが遥かに先を言っている。園は10年早いが、トリアーは百年早い。
なぜにシャルロット・ゲンズブール、というがっかり感はVol.2への猛烈なマイナス要素。まあ、観るけど。
主人公の若いころを演じるステイシー・マーティンは素晴らしい。全然似てないけど。
【性に憑りつかれた一人の女性の半生を描いた作品。この作品の脚本を書いたラース・フォン・トリアー監督と、若きジョーを演じたステイシー・マーティンには敬服する作品である。】
ー ご存じの通り、人間の三大欲は食欲、睡眠欲、性欲である。今作は性欲に目覚めた女性の半生を描いたエロティックな作品である。
テーマ性は、”性欲”であるが、それに付随してフィボナッチ数列や、縦列駐車のシーンなどを巧みに取り入れた作品構成は、観ていて飽きない作品である。
勿論、ステイシー・マーティンの良くここまで演じたな、と言う女優根性も含めてである。
物語は或る夜に血だらけで倒れていたジョー(シャルロット・ゲンズブール)を初老の男セリグマン(ステラン・スカルスガルド)のベッドに寝かせ、彼がジョーの半生を聴くスタイルで進む。
Ⅰ「釣魚大全」
ジョー(ステイシー・マーティン)が友人と、列車の中で何人の男とセックスするかをチョコレートキャンディを掛けて行う姿が映し出される。
どこか、ユーモラスでもある。最も、セックスとは男女のユーモア要素もあると私は思っているので、問題はない。
Ⅱ「ジェローム」
ジョーが二つの処女を捧げたジェローム(シャイア・ラブーフ)との再会と別れを描く。彼女はジェロームに興味がないふりをするが、逆に彼に手酷く振られるのである。
Ⅲ「H夫人」
ジョーの遊び相手のH氏の婦人(ユマ・サーマン)が、3人の幼い息子を連れて彼女の部屋に乗り込んでくる様を描く。男としては怖くもあり、何処か滑稽でもある。ユマ・サーマンの切れっぷりが見事である。
Ⅳ「せん妄」
ジョーが、末期の病に罹った父の病室で、椅子に座りながらも、暇を見ては様々な男とセックスする様が描かれる。性と死は隣同士なのである。
Ⅴ「リトル・オルガン・スクール」
ジョーが、一日に何人もの男とセックスをする様を、彼女が散歩をする姿と絡めて描く。特に絞ってF・G・そしてジェロームとのセックスが描かれる。
<とまあ、これだけ書くと何の面白みも無いように思えるが、これが魅入られるのである。特に彼女の性遍歴を聴くジョーとセリグマンとの会話が秀逸である。
Vol2も近々観ようと思う。>
とても残酷でした
色情狂を自認するヒロイン、ジョーの半生を綴った壮絶な物語。
監督はラーストリアーで、作品でゆかりのあるシャルロット・ゲンズブールが主演。
そしてもう一人の主演。ゲンズブール演じる色情狂ジョーの若かりし頃を演ずるのがステイシー・マーティン。
彼女はこれがスクリーンデビューなのだから恐ろしい。
体当たりというか、心も身体も全部ぶつけてくるようでした。
半生と書きましたが、要は彼女のエロスを求める旅。
行き倒れていたジョーを解放した、スカルスガルド演ずるセリグマンとの会話で進行していきます。これが中々独特。
導入こそひたすら気怠い感じでしたが、気がつくとじんわりときていました。
セックスと釣りの対比が面白かったですね。
章で構成されていて其々印象的なエピソードがあるのですが、やはり「屈辱的な数字3:5」でしょうか。最初笑いました。
そんな彼女のエロスの旅路でしたが、突如糸が切れるようなラストは中々に衝撃。
やはりトリアー作品、とても残酷でした。
こんなにも真摯で知的で刺激的な作品は─
基本的にラース・フォン・トリアーの作品を嗜好する者です。なので、これほど、いやこれほどまでに性に対して真摯で知的で刺激的な作品は、ポルノ含めても、稀なような気がするし、見たことがありません、彼のほかの作品以外では・・・まさにこれまでの集大成といった印象です。
LVTを嗜好するといっても、ドグヴィルはかなり苦手で、いや大嫌いで、もう彼の作品なんて見たくないと思ったほどでしたが、ついつい見てしまったメランコリアが非常によくて、やっぱいいよなLVTなどと思い直したものの、この作品の公開当時は、彼の作品では地球はなくなったわけだからメランコリアの次の作品など有り得ないし、それより長すぎるよ!などと思ってしまいパスして、近年ハウス・ジャック・ビルトを見たわけだが、やっぱおもれーと思ったわけで、そんな中、レトロスペクティブというリリースを見て、この長尺の作品を思い切って観賞しておこうと─。
果たして─、冒頭のとおり素晴らしいものでした。
一瞬だけ、どこぞで配信とかしてないかと思い検索すると、この地域では公開されていません、などというイラつく結果・・・。まぁそれも何気に劇場へ赴く後押しとなりましたが…。観賞後、これは公開されないはずだわと納得し、観賞しておいて本当に良かったと思っています。
映像も音楽も雰囲気もリズムも、とにかく自分にとって彼の作品は非常に合うのかもしれません。長くても終始飽きないし、ぐいぐい引き込まれます。内容も凄いとしか言いようがありません。何でこんなこと思いつくのか─、安易に使いたくはない言葉ですが、天才としか─。
確かに性描写は激しいし、変な解釈をされかねない作品だと思うので、観賞するのは慎重になるべきかとは思いますが、非常に優れた作品であることは間違いないと思います。
ジョーが私が悪いの私は普通じゃないのっていってるそばからセリグマン...
奇才の監督・ラースフォントリアが性を描いた映画
途中で終わってしまってびっくり。完結はVol.2で、のようだ。
刺激的で哲学的な冒険
"ニンフォマニアック" 二部作第1部。
Blu-rayで鑑賞(字幕)。
刺激的で哲学的で詩的。様々な姿を見せる作品でした。
虚無的で刹那的な性描写。ジョーとセリグマンの間で交わされる哲学的な対話。様々なアプローチでセクシャリティーに迫る映像。…それらが渾然一体となって独特の世界を形づくる。
ジョーの行動は建設的ながら同時に退廃的な雰囲気をまとっていて、相反する要素のアンバランス感がかなり危うい。
ジョーの赤裸々な性遍歴は、その穏やかな語り口調とは裏腹にとても淫らで、狂おしいまでの渇望に彩られていました。
処女喪失の数字がキーワードとなって、彼女の心の奥にずっと澱のように堆積している。それがどう作用するのか?
シャイア・ラブーフとの運命の糸で結ばれたかのような関係は、なんとも危うげで儚い感じ。絶望的破局が待つ予感も…
どれだけ快楽に身を委ねても一向に満たされた心地のしないジョーは、次第に性の持つ奥深い迷宮へ。彼女の行き着く先は無上の幸福か、はたまた無限の絶望か?
※修正(2023/07/18)
すげえ……
ヤリマン少女の冒険記
原作とか脚本が元カレかと思ってしまった(笑)
去年映画館で観ようと思ってて、躊躇した作品。
でも映画館で観なくてよかった。多分一人で、無駄にぶるぶるしたと思う。
今まで私が自分を揶揄して使った言葉とか、今までついた白々しい嘘が出て来て、え!?ちょっと待って!原作とか脚本とか、元カレかも!?
と思ってググったところ、脚本・監督がラース・フォン・トリアー だった!
そうだった!すっかり前情報忘れてた!ぶるぶ
る損です。トリアー監督とは付き合ってないや(笑)
いや、でもトリアー監督にしては、笑えますよ。
セックスとトリビア的な雑学&妙な隠喩と哲学に満ちている。
もっと悲惨な重苦しいエロを想像してたので、かなりびっくり(色んな意味で)。
しかもラストのスパン!と落ちる感じは、例え続編があるとしても面白い。
明日「ニンフォマニアック Vol.2」を観ます。
いや、映画館で観れば良かった。ぜんぜんエロではないです。
もう、プロモーション!!
潔癖性
女への幻想や憎悪 キリスト教 性への嫌悪感と罪悪感 などなど相変わ...
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