「Jホラーの巨匠が心血を注いだ美しきラブストーリー」岸辺の旅 全竜(3代目)さんの映画レビュー(感想・評価)
Jホラーの巨匠が心血を注いだ美しきラブストーリー
今回は劇場へ出向くのに正直、躊躇した。
黒沢清作品独特の心の底にモゾモゾうごめく嫌悪感が後引く余韻がとてつもなく苦手だからである。
『CURE』しかり、『カリスマ』しかり、『アカルイミライ』しかりetc. etc.
でも、やっぱし、行こうと決意したのはカンヌ映画祭で日本人初の監督賞(ある視点部門)受賞したのに琴線が揺れた権威への弱さと、Jホラーの真打が心血を注いだラブストーリーとは如何なるモノかと云う欲求の疼きに尽きる。
結果はってぇっと、大きな期待を応えるワケでもなく、裏切るワケでもない不思議な面白さに終始、支配された後、涙がポロリと一粒落ちていった。
ストーリーはってぇっと、こりゃまた説明が難しい。。。
ピアノ教師の部屋に3年間失踪していた夫が或る日突然、帰ってきた。
戸惑いながらも喜ぶ妻。
しかし、夫は、自分が既に死んだ身であると告白する。
そして、死後の自分が御世話になった恩人に挨拶をしに、夫婦の奇妙な二人旅が始まっていく。
愛してきた人の知らない過去、
死者が見える人間の葛藤。
こんなミステリアスだらけの題材やと、ふと、『シックスセンス』のような不気味な闇の世界を連想したくなるが、重苦しさは一切無い。
生と死を向き合う残酷な現実を、深津絵里、浅野忠信、夫婦其々の感情のフィルターを通す事により、
生命とは何か?
愛情とは何か?
家族とは何か?
について温かい視点で問い、観る者の人生観を見つめ直したくなる奥深さを感じた。
死者と人間とが何の隔たりも無く会話をし、滑稽なまでに交流を深めていく進行形の和やかな持続は、『死神』『野ざらし』『へっつい幽霊』『らくだ』 『地獄八景亡者戯』 etc. 落語における非怪談噺に通ずる愉しさが覗く。
だが、油断してはならない。
そんな愉快な距離感は、同時に、誰が死者なのか解らない猜疑心だらけの世界をも意味しているからである。
自身が死んだ事すら気付かず、漠然とした後悔を引きずりながら、現世に居残る者達の不穏な気持ちの揺らぎを、足音や影で静かに表現する物語こそ黒沢清ワールドの真骨頂とも云えよう。
刹那的な対峙の果てに、幽霊の概念なぞいとも容易く超越し、唯一無二の人間ドラマに到達する。
独り身なので上手く説明できない自分がもどかしいが、究極の夫婦愛が銀幕の向こう側に光を咲かせていると想った。
介護福祉士と云う今の仕事について随分、久しいけど、未だに生と死の境目とは?成仏とは何か?サッパリ見当がつかない。
自分自身が老うと尚更解らないし、其れゆえの恐怖心が加わり、人間は眼を反らし、死そのものをタブー視する。
つまり、死に臆病なのも、興味が湧くのも人間として当たり前の価値観ではなかろうか。
人間にとって、死とは、主が其れまでに出逢い、培ってきた数々の縁に対する大きな一区切りだと私は今作を通して想った。
其んな大切なターニングポイントをいつも傍で見守ってくれる人の存在は羨ましい反面、やっぱし、こそばゆいなと孤独に慣れきった帰り道にポツリ実感するのである。
では、最後に短歌を一首
『悟る窓 瞬く帰路に 抱く光 夢ぞ一粒 終の連弾 』
by全竜