「流麗な音楽と美しい自然が、ちいさな物語を普遍へと導く。」岸辺の旅 cmaさんの映画レビュー(感想・評価)
流麗な音楽と美しい自然が、ちいさな物語を普遍へと導く。
冒頭の、ピアノと風に揺れるカーテン。「トウキョウソナタ」のラストを想わせる、死の匂い。そこから一転、物語はホラーの気配を画面いっぱいに漂わせる。白玉の白さと、艶やかなまでに黒い摺り胡麻のコントラスト。不穏と、恐怖の予感。ああ、黒沢監督だなあ、とぞくぞくした。
そこに、往年の名画を彷彿とさせるような、流麗なオーケストラ音楽がかぶる。あれっ、なんか違う。この明朗なまでの穏やかさは…⁈ 意外というか、違和感というか。そんな戸惑いに浸る暇もなく、物語はスタートした。
この旅がいつ終わる(優介が姿を消す)のかと不安を抱きながらも、かけがえのない「今」を手放すまいと、果敢に身を委ねる瑞希。そんな彼女と同様、観客もいつしか、先が見えないながらも安らぎに満ちた旅に身を委ねていく。死者との交流は、決して目新しくはない。けれども、黒沢監督にかかると、唯一無二のものとなる。コマ落としのような画面の揺らぎ、対峙する二人のアップの切り返し…てらいもなく、往年の映画技法を散りばめられてるところにもびっくり、ニヤリとさせられた。
死者と遺された者が再び出会い、改めて深く互いを知り、真の別れを経て前進していく。大事件は起こらない。描かれているのは、ささやかでありふれた、(蒼井優演じる朋子が、自嘲気味に口にする)「平凡な毎日」の営みだ。これを普遍的な大きな物語に引き上げているのは、初めは違和感さえ感じた音楽と、美しい自然の力であるように思う。これまでの黒沢監督作品にはなかった、不思議な感触。特に初期作品で色濃く出ていた、黒くどろりとしたものに、美しい音楽と光や緑に満ちた風景描写が重なり、寄り添う。…「それも人間の一面」とでも言うように。包み隠すわけではなく、光と影、美と醜が見事に共存していた。
周到に高みへ到達したのち、感傷を許さぬかのように、潔く物語は幕を閉じる。ラストシーンから流れるようにエンドロールへと転じる幕切れに、瑞希の晴れやかな一歩が重なった。暗い映画館から、眩しい外へ飛び出す爽快感を味わえる作品だ。