劇場公開日 2015年9月12日

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「沈黙できるのは蜂に刺されるまでのこと」天空の蜂 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0沈黙できるのは蜂に刺されるまでのこと

2015年9月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

難しい

原作未読。
スケール感だけハリウッドを真似した日本映画は数多いが、この映画は違った。
ハリウッドに勝った負けたとかではなく、これは日本でしか作り得ないサスペンス大作だと感じた。

正直言って冒頭のヘリ奪取までの流れはドラマ・映像ともに安っぽくて白々しいし、一部キャストの
ベタな演技が鼻につく点(前髪をいじる刑事とか挙動不審の佐藤二朗とか奥さんとか)も大いに残念。

だが、この映画は後半に行くほどに良くなる。
テーマは熱く深く切実だし、そのテーマを語ることに比重を置き過ぎて物語の勢いを削ぐような事も無かった。
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まずサスペンスドラマとしての見応え。

たった一騎の無人ヘリを使ってここまで次々とサスペンス要素をぶち込むことに成功した点、
最後の最後まで決着が読めない点はなかなかどうして良く出来ているし、主演陣だけでなく、
ヒロイックだが等身大な自衛隊員、最後の最後で熱さを見せる若手刑事など魅力的な脇役も多い。
主人公をはじめとした技術者たちの、人の生死を左右するものを扱う人間としての誇りと意地にも胸が熱くなる。
巨大な怒りを抱えた三原の、我が子への痛切な想いが伝わる幻想シーンも忘れ難い。
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そして犯人の正体と動機が明らかになるにつれて見えてくるテーマ。

除染作業に従事する人々の知られざる苦痛。
過激な原発反対派と賛成派による醜い人格否定。
大丈夫“だろう”という甘い想定に基づく生温い安全保証。
崇高な理念ばかりに目が向いて二の次にされる悪意の検証。
それら不都合な真実を覆い隠す政治的思惑。

いや、『政治が悪い』と片付ければ物事は容易い。
だが、いざ内情を訴える者が現れても、我々自身、それを進んで直視しようとしない。
今の自分の面倒を見るだけでも精一杯なのに、暗い未来の話なんて誰が進んで知りたがる?
それがいずれ自分の身に降りかかってくるかもと思っていても、見なかったフリをする方が楽なのだ。

この物語はそれを良しとしてくれない。次々と提示されるジレンマは重くこちらの心にものし掛かり、
映画内の出来事はもはやフィクションではなく、一種の恐るべきシミュレーションであるかのように思えてくる。
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無知であること自体は罪でなくても、
無知であり続けることは傲慢という罪である。
知る努力を怠るな。そして、選択する事から逃げるな。
そんな切実なメッセージ。

そうしなければ、この国に住む全ての人々の未来が、
一部の人間の勝手な思惑だけで決定されてしまうかもしれない。
『そんな話は知らなかった』と後悔しても、時を巻き戻すことなどできない。
今の時代、いよいよそんな姿勢が各々に求められているような気がする。
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原作は1995年発行とのことだが、それから20年以上が経った今になってもここまで物語が時流にハマるとは。
最後のシーンは映画オリジナルなのだろうが、重いテーマを前向きなメッセージで締める点は優しいし、
原発や天災に対する危機管理の甘さが取り沙汰される2015年と驚くほどに合致したラストには唸った。

しかしながらこれは、驚くよりは悲しむべき合致だと思う。
今後の20年で日本はどう変わっていくのだろうか。
その頃に、この映画のリメイクや続編などが現れないことを祈る。

<2015.09.12鑑賞>
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余談:
自分は現在静岡に住んでいるが、鹿児島の実家は最近
なにかと話題の川内原発からギリギリ30km圏内である。
(小学校の頃には社会科学習で見学にも行っている)

ひとたび事故が起これば福島原発のような事態になり兼ねないので、原発なんぞ無いのが一番だとは思うが……
建てる前ならまだしも川内原発は僕が生まれる5ヵ月前からジャンジャンバリバリ稼働開始してしまってた訳で、
おまけに原発関連の仕事で生計を立てている人もいる現状。今さら全否定するのも僕には難しい。

僕に言わせれば「安全に制御できます」とか言い張って建設を推し進めた当時の連中が憎らしいし、
もっと元を辿ればそもそもそんなエネルギーを科学的興味と軍事的興味で発見した無責任な連中が憎らしい。
そりゃいつかは誰かが発見することになったエネルギーだったのかもしれないが、それでもムカつく。
自分の作ったものがどんな結果をもたらすか、責任持たなきゃダメだよ。
責任持てないくらいなら、んなもん作るんじゃないよ、と。

浮遊きびなご