「奮起」百円の恋 U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
奮起
驚いた。
安藤さんがボクサーだった…。
鬱積とした前半を文字通りぶっ飛ばすかのような後半がとんでもなかった。なんつうか…一子が戦ってるものが前半に詰まってるようで…なのだが、その詰まってたものを凌駕する自我というか、結局は過去の自分をもぶっ飛ばしてるかのような熱を感じてた。
ボクシングに出会うまでの一子は、なんつうか負け犬を地でいくようなキャラで、何より自分を諦めてるかのような感じだった。なのだが、恋に出会ってこんな肥溜めのような生活でも充足感を得られるみたいな事かなと見てたのだけど、そうではなくて…一子は唐突に捨てられる。
その元彼?がボクサーで、ボクシング自体にも惹かれるものがあってジムに通いだしたようなのだけれど、のめり込んでゆく。
初めは憂さ晴らしのような印象だった。
ここまでの下準備がとにかく長いし、魅力的なキャラクターも出てはこない。
前半はとにかく不快なものに埋め尽くされていて、何度か諦めそうになる。
が、それをかろうじて引き留めてくれたのが、やはり安藤さくらさんなのだ。
初恋に直面する一子は健気というか、奥手というか…不器用ながらも、言葉では伝えきれない想いをなんとか伝えようとする空気感とかいじらしいなあと思ってしまう。まぁ、絵に描いたような不幸の只中にはいるのだけれど。
で、時間経過があってボクサーとなる一子に出会うわけなのだけど、別人なのだ。
成長というか、実感というか、目標というか、自信というか…そんなものを体感した人って、こんなに変われるものなかとびっくりする。
またボクシングが担うものも大きくて、戦いだったり、自分の体のみで相手に向かっていく事だったり、鍛錬だったり、人生の縮図を描いてるようにも思えてくる。
そして、シャドーをする安藤さんに恐れ慄く。
どれほどの修練を積んだのだろうか。
素人の俺には、肩から真っ直ぐ伸びるストレートも、角度を決めて繰り出すフックも、ましてやあんなに体に馴染んだアッパーまでやってのけるなんて…体の使い方とか肩の使い方とか流れるようなコンビネーションとか、ボクシングをみっちりやった人にしか見えんのだ。こりゃ主演女優賞に偽りなしだわと納得させられる。
なんせ、前半の一子と目が違ってた。
控室からリングに上がるまでのHSが結構長いのだけど、やはり見てしまえる。
緊張感やら闘志やら不安やら、なんか一杯詰まってたし、ちゃんと試合もしてた。
ダッキングからの左が入った時は、痺れた。
あまりに綺麗なリバーブローだったから、本人じゃないのかもと思った程だ。
勝ったと思ったのだけど、一子は負ける。
まぁそんなに甘くはないかと落胆もするのだけれど、腫れ上がった顔でジャージ姿で会場を跡にする一子は、なんだか憑き物が落ちたような素っ気なさがあって、色んなものを吐き出せたんだなと。そういう心境になれただけでも、リングに上がる価値はあったんだろうなと考えたりする。
でも一子は元彼に泣きながら言う。
「勝ちたかった」
そっかそりゃそうだよね。
本音を言やみんなそうだよね。
人生に殊勲賞はないもんな、と。
そして、ふと思う。
戦ったからこそ勝敗が生まれるのだと。
前半の一子は戦う事をしなかったんだと。
戦わずして負け犬だったのだと。
ちゃんと負けて、悔しいって思える程頑張れたんだなって。
で、まぁ、クズみたいな元彼がまだ一子は嫌いにはなれなようで…そんな彼に寄り添う彼女をどうしようもねえなと思ってみたり、可愛いなと思ってみたり。
彼も改心してくれねえかなあと望んでみたり。
とまぁ、ホントに見るのが辛い前半なのだけれど、後半のちゃんとボクサーだった安藤さんが、帳消しにしてくれた。
見事な役作りだった。