「幸せな夢を見て目が覚めなかったみたいな映画」シェフ 三ツ星フードトラック始めました マダオンさんの映画レビュー(感想・評価)
幸せな夢を見て目が覚めなかったみたいな映画
この映画をつまらないと感じるとしたら、きっと「そんなにうまくいくはずがない」とか「ただベタに、いいことが起こっているだけ」という感想になるんだろうか。
多分私もこの映画を見た時の私自身の環境とかコンディションが違えば同じ感想になったかもしれない。でも今回この映画を初見した感想は「いいじゃん、映画なんだから。」
この映画がノンフィクションっていうなら違うけど、あくまで作り物で、誰かが見たいものを具現化した映画なのであれば、むしろこのくらい振り切ってくれた方が好感が持てる。
ジェットコースターに乗りたい気分の時もあれば、ただメリーゴーランドに揺られたい時もある。それに揺られているときは、コースターのスリルはむしろ邪魔になってしまう。
この映画はどん底からのサクセスストーリーではない。主人公は環境こそ変わりはしたものの別に何も失ってはない。むしろ、誰もがが思う「こうなりたいな、こうだったらいいのにな」という夢物語を見せてくれるものなんだと思う。
美人な元妻、聡明な息子、見守ってくれる義理の父、手助けしてくれる友人達、理解のあるセフレ、加えて自身の料理のセンス、逆に最初から全部ありすぎて主人公が羨ましくなる。
主人公がそこまで持ち合わせている理由づけとして、料理への情熱であったりとか、同僚への言動で伺える人柄とか、最低限の説明はあるのでそこまで違和感もないかな。
そこにほんのちょっとのリアリティがスパイスとして加えられる。最初から全部持ってる主人公だけど、そこに上司との軋轢とか息子との関係、大人気なさだらしなさに、女々しさとか、そういうある種のベタ、ほんのちょっとのリアリティと共感があって、夢物語がむしろ強調されているように感じる。スパイスの加減が、この作品を夢物語として成立させるのに邪魔にならないバランスなのがいい。
この映画は誰かが見ている夢を覗き見させてもらっている感じ、それ故に文句はつけられない。リアルってのは安アパートの荒れたキッチン、炎上したTwitterに口も聞いてくれない息子、自分がいない店はむしろ大繁盛みたいな現実でも、いいじゃん、これは映画なんだから。