「家族を想い、闘った、765日」マルティニークからの祈り ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)
家族を想い、闘った、765日
実際に起きた出来事を元ネタにした作品、僕は好きなのです。本作も事実を元にしており、ドキュメンタリータッチでお話は進みます。
僕はあまり韓国映画を観ないんですが、それは、韓国映画特有の演出の「どぎつさ」があまり好みではないからです。もちろん、アメリカ映画でも、独立系のB級アホ馬鹿映画などでは、めちゃめちゃ臭い演出もありますよね。かつてのブルース・リーの「カンフー映画」系列の雰囲気と言うんでしょうか。そういうものを受け継いでいるアメリカ映画、アジア映画も多いですね。
ところが本作を鑑賞した後、僕の韓国映画への印象は大きく変わりました。
リアルさと、乾いたタッチ、主人公達をちょっと突き放したような、客観的なカメラワーク。韓国の人は、悲しみの表現が、日本人からは時折「大げさ」に見えてしまうんですが、本作ではそういうところ、実に抑制が利いた演出なんですね。しかも、驚くべき事に、そういう乾いたタッチの作品を作ったのが、バン・ウンジンという女流監督であった事です。
主人公、ジョンヨンはごく普通の主婦です。夫は小さな自動車整備工場を営んでいる。ある日、夫の友人が莫大な借金を残して自殺。旦那さん、その連帯保証人になってたんですね。えらいことです。
借金返済のため、一家は工場も手放し、狭いアパートの一室ヘ引っ越します。まだ4歳の娘と奥さんの三人で、韓国の寒い寒い冬の夜を、抱き合うようにして過ごします。ダンナも奥さんも、娘がかわいそうでならない。そこへダンナの友達がうまい話を持ってきます。
「精製前の金の原石をこっそり外国から運ぶだけでいいんだ。それで大金が手に入るんだぜ、やらないか?」
う~ん、聞いただけで怪しい仕事ですねぇ~。まあ、まともな人なら断るんですが、そこは借金を背負った身。愛娘にも、すこしはまともな暮らしをさせたい。学校にもちゃんと通わせたい。一旦、夫はその話を保留するんですが、こういう場合、女性の方が大胆なんですね。
奥さんジョンヨンは単身で仕事を引き受けてしまいます。奥さんの乗った飛行機が着いた先はフランス。オルリー空港。大きなキャリーバッグをヨタヨタしながら運ぶ奥さん。なにせバッグの中身は「石」だから、当然重い訳です。すると、奥さんの両脇に屈強な税関職員が……
「マダム、ちょっとこちらへ」
部屋に入れられ鞄の中身を開けられる。
えっ、違う、石じゃない!!
なにこれ?
税関の麻薬探知犬がワンワン吠える。
職員が試験薬で中身の粉末を確かめる。試験管の液体が冷酷に「青く」変わる。
「マダム、ごらんなさい、これはコカインです」
ここから、まさに転がる石のように、普通の主婦、ジョンヨンの運命が転落してゆくのです。
収監されたフランス領マルティニーク島。
母国、韓国から12,400kmも離れた島。その刑務所の惨憺たる有様。刑務官の暴行。そして、奥さんにとってたった一つの頼みの綱。フランス当局との窓口である、韓国の外交通商部。そこのお役人のやる気のなさ、不手際、保身。
「ちゃんとした裁判を受けさせてほしい」と訴えの手紙を何度送っても、なしのつぶて。
本作の中では、この外交通商部の役人が、漫画チックで、滑稽なほどの無能ぶりで描かれております。本来、国民の生命、財産、権利を守るはずの政府機関、その一部局の「とある失態」が、異国の地で通訳も付けられず、公正な裁判も受けられなくなってしまう原因となるのです。結局、ジョンヨンは劣悪な環境の刑務所で765日間、政府当局や、自分の人生と闘う事になるのです。
韓国政府の失態といえば、最近起こった船舶事故の不手際が記憶に新しいところです。しかし、韓国の市民パワーが、この状況を少しずつ変えてゆきつつあるようです。本作でも、ネットを使った市民の声が、やがて大きな力となってゆきます。このような不条理な境遇に陥ってしまったのは、後に奥さん自らが語る事になる「少しばかりの、どん欲と、すこしばかりの無知」が引き起こしてしまった事でもあったのです。
かつて、奥さんは、夫と結婚したばかりの時、二人で一つの夢を語り合いました。
「いつか、カリブ海のキレイな海辺を、二人で歩こうよ」
どこまでも、限りなく透明なブルーの海。まばゆいばかりにきらめき輝く真っ白な砂浜。
彼女は皮肉にも、身も心もぼろ切れのようになって、カリブの海辺をたった一人でさまよい歩きます。美しい風景と自身の絶望的な状況。その対比を淡々と描く監督の絵心が、何とも心憎い、印象的な作品でありました。