Z ゼット 果てなき希望 : インタビュー
“Jホラーの先駆者” 鶴田法男監督、満を持して挑んだゾンビ映画を語りつくす
Jホラーファンをうならせてきた「ほんとにあった怖い話」。鶴田法男監督は、人間の心理を突いた恐怖描写で、“Jホラーの先駆者”として多くのホラー作家に影響を与えてきた。心霊現象を描き続けてきた鶴田監督が、新作「Z ゼット 果てなき希望」で挑んだのは、漫画家・相原コージ氏の漫画「Z〜ゼット〜」を原作にしたゾンビホラーだ。ゾンビに抵抗感を抱いていたという鶴田監督に、メガホンをとらせたものとは。名作へのオマージュをふんだんに盛り込んだ新作を語りつくす。(取材・文・写真/編集部)
フレームの片隅に映る女性、何者かの気配漂う暗がり。実態のない恐怖を映し出してきた鶴田監督は、「実は今までにもゾンビもののオファーを受けたことがあるのですが、断っていたんです」と明かす。“Jホラーの原点”と呼ばれるビデオ版「ほんとにあった怖い話」の制作経緯を振り返り、「1980年代にゾンビや『13日の金曜日(1980)』といった欧米のスプラッターが、日本に入ってきました。作品は面白いのですが、欧米文化に触発されて、日本の怪談という優れたホラーをないがしろにしてしまっていいのかという疑問があって、怪談を現代的に再構築して提供すれば、また日本の文化に目を向けてくれるのではという思いからつくったのが発端でした。そういう意味では、ゾンビものは基本的に否定していたんです」
しかし今回、「相原コージさんの原作に込められているメッセージが素晴らしいので、映画化しなくてはいけない」という思いに突き動かされた。原作は、人間と頭を撃ち抜いても襲い掛かってくるZ(ゾンビ)の死闘を描き出す。これまでゾンビ映画と距離を置いてきた鶴田監督は、相原氏の漫画であぶりだされる「葛藤(かっとう)」「欲望」「希望」に魅力を感じたという。
「相原コージさんは、『こんな地獄のような世界でも、命が生まれてくるということが希望なのかもしれない』と素晴らしいことを語っているんです。作品に登場する人間は、死の象徴であるゾンビに直面しているにもかかわらず、『生』と『性』に執着している。極限状態のなか正直になる人がいるということを明確にしているんです」。女ゾンビの裸をのぞき見する男子中学生。婚約者がありながら、次々と男を誘惑する女。死と隣り合わせの状況のなか、人間性があぶりだされていく。
「原作が『どんなに厳しい状況であっても、人間は生を受けて生まれる。生まれてきたからには生き抜いていくんだ。決して希望を失ってはいけない』というメッセージを発しているので、映画にも盛り込みたいと思いました。僕自身、これまでの作品で家族のきずなや友情は外したくないと思ってきました。家族のきずなが希薄になっている今の日本、経済的には裕福でも問題を抱えていることを描いてきたつもりです。今回、相原コージさんが書き上げた原作に、自分が描いてきたものをのせることで、今までにない力強いメッセージを伝えられる作品になったのではないかと思います」
鶴田監督は、閉鎖された病院を舞台に、ゾンビがもたらす絶望を形にした。「ゾンビは明確な恐怖なので、対じする人間も明確に描かないと、バランスが悪くなってしまう。ですから、残酷な描写もありますし、人間の欲望がむき出しになるところも描かざるを得なかったんです。僕にとって大きな挑戦でした」。ゾンビ映画への抵抗に反するように、画面にはゾンビの造詣や演出といった鶴田監督のこだわりがあふれている。
「僕はゾンビ映画を否定している一方で、ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』は非常に思い入れが強いんです。(病院を設定したのは)ゾンビ映画は限定した空間の方がつくりやすいということと、ロメロ作品に対するオマージュがありました。ロメロのソンビ映画がやろうとしたことを僕もやってみようと思ったということが、脚本執筆の最初のイメージでしたね」
すべては、ロメロによるゾンビ映画の金字塔「ゾンビ」3部作からつながっていた。「ゾンビ」は、高校生だった鶴田監督の記憶に焼きついた。
「ショッキングでしたし、今までにないものを見たという新鮮な感動がありました。でも、人間ドラマの部分は、社会の縮図がきちんと描かれていたのです。『死霊のえじき』はさらに進化し、非常に密度の濃い人間描写と人間ドラマがつくられていて。ロメロ作品は映像的にも優れていますが、根幹の人間描写がしっかりしているんです。ロメロ作品の地位が揺るがないのはそこであって、やるんだったらそこを目指さないといけないと思いました」。「正しいゾンビ映画をつくる」という信念を掲げた鶴田監督のもと、特殊メイクの中田彰輝、助監督にゾンビ映画「葬儀人 アンダーテイカー」の監督、川松尚良、鶴田監督の長年の右腕、土岐洋介らが結集し、ゾンビに命を吹き込んでいった。
ゾンビと相まみえる3人の女子高生役には、新進気鋭のアクション女優・川本まゆ、木嶋のりこ、田中美晴というフレッシュなキャストを起用。川本演じる主人公・戸田は、薙刀でゾンビに斬りつけるだけでなく、革ジャンにアイパッチという映画オリジナルの個性的なビジュアルが強烈だ。
「原作を読んだとき、名作を引き合いに出せないと感じて誰にも言わなかったのですが(笑)、『ゴジラ(1954)』と同じメッセージを持った映画になると思ったんです。その『ゴジラ』の芹沢博士がアイパッチをしているんですよね。もうひとつ、大好きな映画『ニューヨーク1997』に出てくるスネーク・プリスキンというキャラクターもアイパッチをしていて、芹沢博士とプリスキンが頭の中でカチッとつながったんですね。(戸田も)アイパッチをすることで、特徴がついて印象に残るのではないかと考えたんです」
戸田に助けられる女子高生ふたりも曲者だ。田中が挑んだ映画オタク少女・恵は、命の危険にさらされながら、ビデオカメラを回し、映画愛を語り続ける。そんな恵に、鶴田監督の姿が重なる。「相原コージさんの漫画にあるユーモアを忘れちゃいけないと思って、僕なりのユーモラスなものを取り込もうとしたときに、こういう状況になっても僕はビデオカメラを回して、映画の話をしていそうだなと思ったんです。かなり自分が投影されていますね(笑)」
鶴田監督の目となって、恵が記録したビデオカメラの映像は、「POV 呪われたフィルム」で挑戦したPOV手法を推し進める形で、アクセントになっている。「スマホが浸透して、プロだからこそ撮れた映像が簡単に撮れるようになってしまった。そういうものをどんどん取り込んでいかないといけないんじゃないかという気持ちがあって、『POV 呪われたフィルム』を撮ったのですが、あの作品を撮って主観映像が入る映画的な醍醐味を感じました。今回はもう一歩進めて、POVショットと客観的ショットを混合させて、伝えたいことを訴えていくという方法をやりたいと思ったんです」と時代を取り込んだ映像づくりを行った。
98年の「リング」の大ヒットで、世界的に起こったJホラーブーム。鶴田監督は、新境地に挑んだゾンビ映画で、Jホラー界にどのような風穴を開けようとしているのか。
「僕がはじめたことは、『人間を画面の端に見切れさせることで幽霊に見せる』という技巧だったんです。でも、技巧というものは真似し始めるとエピゴーネン(模倣)が生まれ、新鮮味が失われてしまう。ロメロのゾンビ映画は、当時の先端技術だった特殊メイクによって、残酷なものがリアルに描かれたからヒットしたのであって、今では特殊メイクが売りにはならない。同じように、Jホラーの髪を垂らした女の子が幽霊に見えるということでさえ記号化していて、そういう意味ではJホラーも下火になってしまっているところがあります。でも、僕はもともと怪談を現代にアレンジすることで、日本人の繊細な恐怖感覚を再発見できるのではないかという気持ちがあったので、見える表現ではない深いメッセージを込めたホラーをつくれば、Jホラーはいろいろな形で発展して定着していくと思うんです。今回、初めてゾンビ映画をつくりましたが、長回しで何にも出てこないようなカットなど、長年Jホラーをやってきたからできた演出をしたつもりです。Jホラーとゾンビを融合させることで、新しい価値観が生まれ、新しいものを提供できると思うんです。『Z ゼット』がJホラーブームの新しい局面を提示できればいいなと願っています」