複製された男のレビュー・感想・評価
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なにこれ? ジェイクももっと作品選んだほうがいいんじゃないのっ。 ...
なにこれ?
ジェイクももっと作品選んだほうがいいんじゃないのっ。
鑑賞日:2014.12.27
のぞき部屋
冒頭が会員制の覗き部屋みたいな怪しげな雰囲気。日本だけじゃないんだな(笑)
アダムはアンソニーに会う約束を取り付けたが、アンソニーの方は逆にアダムの恋人を寝取ってやろうと計画するようになった・・・
話が単純すぎて、幻影のようにクモの映像も意味不明。最後にはアンソニーがアダムの恋人(ロラン)にバレて、帰り道に事故死するって感じの終わり方。黒沢清の『ドッペルゲンガー』よりは面白かったが、相手の女とやるだけという展開はシンプルすぎて・・・
2度観たくなる作品
最初想像していたようなSF映画かと思ったがよくわからない終わり方をされて疑問しか残らない作品だった。
1度観ただけでは⁇しか残らず正直わけのわからない作品だったのだが、解説などを見るになるほどそういう事だったのかと理解、納得する事が出来た。
作品が想像していたジャンルとは違ったがこれはこれで面白かったし、2度観ることで伏線が見事に回収されるのだと思った。どんでん返し系の小説を読み終わった後のような気分になります。
ちょっとしたホラー?
陰気くさいけどなんだか惹かれる、他人と入れ替わるホラーかと思ってました。
前の人のレビューで解説してくれた方がいて、なんで蜘蛛が出てくるかわかりました。
なるほどねー。。。
ただのおぞましいくそエロ身勝手野郎の映画じゃねえか。。
身の毛がよだつわ。
初回鑑賞時→えっ終わり?いやいやエンドロール後にまだ続きがあるんで...
初回鑑賞時→えっ終わり?いやいやエンドロール後にまだ続きがあるんでしょ・・・終わった・・・
結局、巷の解説を読んで再度鑑賞。あらかじめ構えて見ると色々仕掛けに気づいて面白いタイプの映画。けど、これを1回だけで理解できる人ってどれくらいいるんだろう。数回鑑賞前提で作られているのだとしても、そうまでして監督の妄想に付き合うべきだろうか。
構造はあの有名な
構造は、あの有名な映画と同じなのかな?
難解な映画と聞いていたけど、話の構造は、『ファイトクラブ』と同じかな……と思う
タイトルが『複製された男』だと本当に同じ人物が2人ようにみえるが実は………
2人が直接会っている所に他の人はいない。母親との会話などが噛み合っていない。ヘレンとの会話の端々もおかしい。他にも気になる所がたくさんある。
俳優アンソニーは、大学講師アダムの願望であって決して2人いる訳ではない……と思う。
俳優をしていたがヘレンの妊娠により諦め大学講師をしていてメアリーは不倫相手だと思う。
俳優していた自分、不倫相手を捨てれない気持ちが実際にはいない自分を作り出した。
願望を捨て現実で生きる事にした様にみえるが実際は…………。
蜘蛛が話をややこしくしているのか
蜘蛛
どういうことー!?
最後の怪物の意味がわからん。
怪物はたまにも出てたしなぁ、意味があるんだろうけど。
彼女と俳優が死んでチャンチャンかと思ったのに。
しかし、一人二役だが、何故だか俳優の方はカッコ良く見えた。
それと!エレベーターの中での管理人との会話が意味不明。
何かよからぬ関係が二人の間にはあるみたいだけど、結局ハッキリせず。
ラストのカギもカギなんだろうけど…。
【二回目鑑賞】
よくわからなかったのでネットでネタバレ検索して再度鑑賞してみた。
同じ人間が二人存在するのではなく、同一人物なのを知って観ると面白かった。
どっちが本当なのかは結局よくわからないんだけど。
管理人とのやり取りも最初のシーンを頭に入れていたら理解出来ただろうに…いつもながら真剣に観ていない自分に反省。
よく観ていたらセリフにも付箋が貼られてるし。
最初は意味がわからず評価は★★★☆☆だが、★★★★☆に昇格。
自分と同じ人間が存在する。その謎にどんな答えが待っているのかわから...
自分と同じ人間が存在する。その謎にどんな答えが待っているのかわからないまま物語は進行する。SF的なクローンの話なのか、自らが作り出した二重人格的な話なのか、二重人格であるならばどれが本体でどれが偽物なのか。はたまたどれもが本物、もしくはどれもが偽物なのか。最後まで明かされることはない。
唐突に現れる蜘蛛があまりにもSF的な奇怪さを放ち、その奇抜さゆえに蜘蛛は心理状態の異常性を表していることがわかる仕組みだが、女の束縛のメタファーになっているとのサイコロジカルな解釈は興味深いものがある。
最後のシーンの奇怪さはホラーとさえ言えるほどのインパクトを放ち、それまで見ていた全てが妄想なのではないかとさえ感じさせる悪い夢を見ていたかのような映画。カフカ的と言えば聞こえはいいが、そのカフカの世界は外側から眺めて初めて鑑賞できる冷静さを保てるのかもしれない。
誤まってその世界の内部に迷い込んでしまった時の恐怖を言葉にすることには何の意味もないだろう。言葉とは理解する相手がいて初めて成立する記号であって、相手のいない宇宙に宙吊りになる時に実感するのは、圧倒的な混乱と、自分が混乱していることをどこかで冷静に自覚している自分への絶望だけだからだ。おいそれとおすすめできる映画ではないけど鮮烈な印象を与えてくれるのは事実。
ラストはともかく、敢えて解き明かさない事が良い秀作
ラストシーン。
そんなのはどうでも良い映画。
複製された男。
日本の題名じゃなく、あっちの題名はなんだろね。
まぁ、アダムはクソ男だし、紐かな?と思ったら道楽息子だった。
アンソニーが、最初にアダムに接近した時は瓜二つだったけど。
終盤は別人にしか見えなくなっていたのが面白かった。
つまり
人は外見と内面でその人であって、外見だけ似ていても内面が一致しなければ、それは別人とも言える。
最初のシーンの意味が、本当に終盤でわかるので、あっあれかーって感じです。
VODで観てる人なら、是非、最初の方から再生しなおしてみて下さい。
ネタバレありなのでネタバレするなら
アンソニーが瓜二つを見つけてしまったと母親に相談しにいくけど、母親は凄く不機嫌になる。
更に
話してもいないのに『三流役者と私の息子を一緒にしないで』とか言っちゃう。
それは
本来の息子アダムがしょうもない奴で、愛してはいるが、嫌ってもいる母親の想い。
だから
アンソニーを作ったんだろう。
と。
アンソニーは、その瞬間に全て悟ったんだろうなぁ。
自分が複製された人間であることを…。
終盤、アダムは、アンソニーの女と一発やりたいが為に、アンソニーをゆする。
アンソニーは分かっていたはずだ。
でも、アンソニーは受け入れた。
恐らく、彼女には、身体の関係以上の想いは無かったんだろう。
でも
誠実でないと言えばそうなる。
そこは、複製されても、アダムの複製といったところか?
そのうちラストシーンの意味合いも考えてれば見えてくるんだろうなぁ…
どこまでも疑ってみよう
この作品はラストのワンカットに囚われすぎたり、もしくは、邦題によってミスリードされると内容理解が難しくなってしまうかもしれない。
これが決定的な真実だ、とは断定しにくい作品である。
でも断片的に情報をまとめ自分なりの解釈を導き出してみたいと思う。
ネタバレ
見逃すべきでない点はここだと思う。
・役者であるアンソニー宅。夫から同じ声の男から電話がかかってきたとき。「またあの女と会ったの⁈」と詰め寄る妻。
・大学で歴史を教える教授である主人公アダム。母親はブルーベリーを差し出し、「あなたは教師で、立派な家に住んでいる」と言う。しかし主人公の家は非常に簡素である。
・アンソニー宅。ブルーベリーを欠かさず食べている。端役でしか映画に出ていない三流役者なのに、マンションの作り・内装は近代的で洗練されており立派。妻は妊娠中で働いていない。
・ラスト近く、ラジオでは早朝の事故と伝えている。しかしアンソニーの事故は深夜のように見える。ラジオが伝えるのはアンソニーの事故ではない。
時系列がずれており、アンソニーの事故の後にラストのカットがあるわけではない。
…以上から、つまり、教師と役者は同一人物。
母親には役者をしている事は言っていない。
妻は教師をしている事を知らない?
母親には母親の、妻には妻の、それぞれが求める役割を演じようとしてしまい、それが彼を抑圧している。
一人で教師と役者の人生を演じ分けている。
彼は妻が妊娠した事で欲求不満になり、怪しいストリップ小屋に通っている。
それだけでは飽き足らず、バスで見かけた美しい女性の跡をつけ、誘い出し何度かデート(このあたりの描写の時系列が前後している
)
妻は夫の行動に気づいてしまい、多分何度か詰め寄っている。
そこで、自分にそっくりの男がいてその男が女性と付き合っていると妻にかいま見せ浮気を言い逃れようとしている。
が妻はどう見てもアンソニーとアダムは同一人物なので浮気に再度気づき、またアンソニーの言い逃れに傷付きやや不安定になっている。
ラストのワンカット。あれは主人公の恐る女性からの抑圧を表しているのか。
時系列はバラバラだが、事故のシーンが時間的には最後か。
ラストの出勤前のカットが時間的に始めに来るのかもしれない。
この作品の原題は「ENEMY」である。
敵とは誰か?主人公を抑圧する女性(母、妻)か、もしくは欲望に抗えずかといって全てを周囲に曝けだせない自分自身かもしれない。
自分は不適合者
うーむ、これ解説なしで分かる人は素直にすごいと思う。
最近みた「マジカル・ガール」も難解だと思ったけど
本作はそれよりも難しく感じた。
解釈の余地を多く残すって言えば聞こえはいいけれど
僕にはちょっと難しすぎる作品でした。
まぁ一種の知的パズルみたいなもんってことで
これはこれでアリだとは思いますが…。
あ、ジェイク・ギレンホールの演技がすごいってことだけは僕にも分かりました。
道は開かれる
というレンタルDVDから端を発するストーリーなのだが、現実でも、今作品原題『アンエネミー』を延滞してしまい、高くついてしまった顛末である。
監督、主演とも、去年くらいから注目度が高い人物なので、今作品に対する期待は俄然高く、ハードルの上げすぎを抑制しながらの鑑賞である。
始めに結論から言うと、大変な哲学的問題作なのだ。いや、それ位完成度が高いということではなく、常人にはサッパリ理解出来ない展開が淡々と繰広げられる。いくつものフリと、しかし回収されないオチ。いくつものテーマが交差する中で、最終的にあの禍々しい蜘蛛がメタファーとして示唆しているのは、『後ろめたさに男は結局元鞘に収まる』という結論を公式に監督は公表しているらしい。とにかく何が何だか狐に摘まれるような、全体がセピア掛かった色彩にイメージが重層的に溢れてきて、脳が蕩けるような作品だ。でも、嫌いにもならないのは何故だろう?やはりこの手の作品を仕上げることに長けた異才かと改めて感心した。
カフカの読後感のような
ジェイク・ギレンホールが出ていること、ノーベル賞作家の原作ということ以外は全く情報をいれずに観た。
最初はよくある近未来SFのように実際に複製された男がいて、謎の組織やらが出てきて私闘でも繰り広げたりするのかと勝手に妄想(笑)、固唾をのんで見守っていた。
しかし、なにか起こりそうな緊迫感が続くも、なかなか何も起こらない。そのうち、いやこれは「二重人格」とかそういう話かもしれないと頭を切り替えて見つつも、なかなか話の核心に迫らない。
図体がでかい割に、サランラップに巻かれたように窮屈でオタオタしたジェイクの演技にイライラ。
映画終わっちゃうよ!早く展開してよ!と焦っていたら最後は蜘蛛で終わり。カフカの変身かと思っちゃったよ。
これはとんでもない映画を観てしまったと思った。
だが落ち着いて振り返ってみると、結構面白い映画だったのかもしれない。
解説サイトで確認すると、やはり男の恐怖心と深層心理を描いた映画だったことが判明。そこには書いていないことを、自分なりに解釈してみました。
【謎とき】
要約すると二重人格の男の話であり、一つの体の支配権をめぐる葛藤を描いたものだと思います。
さて教授と俳優、どちらが本物か。
最初の主格は俳優で、途中で教授にチェンジ。
教授という存在は、売れない俳優が妻の妊娠と不甲斐ない自分の現実に抑圧され、産み出されたもう一人の自分。
⇒冒頭の秘密クラブ、母親からの「いつまでフラフラしているの?」という留守番電話で示唆。教授の自宅には家具がほとんどないことからも妻が妊娠してから生まれた別人格だとうかがえる。
妻が教授に会いに行く⇒教授が建物の影に隠れてから俳優が電話に出ることから、二人同時に存在していないことを示唆。
帰宅後の妻の台詞から、夫に別人格が宿っていることや、もしくは彼がそのように演技しているのではと彼女が疑っていることがわかる。
⇒劇中一度も教授と俳優が同時に存在している場面を、他人が意識的に見ている場面はない。
ホテルでの会合は、どちらが主格になるかのせめぎ合い。
複製された教授は、このまま会話を続けていくと「存在を消されてしまう」とおののき、その場を後にする。
主格となった教授は妻への元へ行き、背徳感に耐えられなくなり、奔放で浮気を止められない俳優を己から抹消する=事故は本当に起きたことではなく、もう一人の自分を抹消した過程であり、それまでの恋人とのもつれの場面は、「このまま浮気を続けていたらこうなることは明白」という不幸のシナリオ。
もしくは、恋人ともつれた場面までが本物であり、そこから先の車の場面だけが俳優抹消の過程かもしれない。
⇒指輪の跡がある!と大騒ぎした不倫相手の女が、自分を捨てた男の車で悠々と送られるのも不自然。
かくして勝利した教授だったが、結局「秘密クラブの鍵」を手にして再び誘惑が首をもたげる。
=誘惑に負けた教授が目にした妻は、自由を絡め取る糸を張り巡らす蜘蛛のように映る。
マンションそのものは無個性になっていくことへの恐怖、妻のいる部屋は抑圧の対象でしかないから、教授が見上げる部屋はいつも恐怖の音楽に彩られている。
【解けない謎】
・教授の職は本物か
妻が大学に行ったときに講義室が空っぽだったことから、すべて妄想だったともとれるし、半年間教授として働いていた可能性もある。だが母親との会話で、「大学教授である息子のあなたと売れない俳優と一緒にしないで」という台詞があるが、それが冒頭の留守番電話のシーンと矛盾するので空想の可能性は高い。
妻に隠れて教授として働いていたのか、教授ごっこをしていたのか定かではないが、「君にそっくりな奴が出演している」と映画の存在を教えてくれた同僚すらも架空の存在になってしまうので、ちょっと判断はし難い。
長々と書きましたがあくまで個人の感想です。原作を読んだらまた解釈が変わるかもしれませんね。
とにかくこの主人公はダメ男じゃん、ということ。
最低
これはあかん。検索して解釈を知った上でもあかん。これは夢の話でした、なんていうメタ視点は一番観客をバカにするものだと思う。「メッセージ」もひどかったし、ダメ監督のレッテルを貼るしかない。邦題は完全にミスリードしており最悪。
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