S 最後の警官 奪還 RECOVERY OF OUR FUTURE : インタビュー
向井理が「S」で求めたリアリティ 俳優業で重きを置く価値観とは?
向井理は、何度となく「リアリティ」という言葉を口にした。連続ドラマ「Sエス-最後の警官-」、まもなく公開となる劇場版「S 最後の警官 奪還 RECOVERY OF OUR FUTURE」で一員を務める「警察庁特殊急襲捜査班」(NPS)は架空の特殊部隊だが、そこで繰り広げられるやり取り、隊員たちの動きなどは実在の特殊部隊の現実に則したものだ。(取材・文・写真/黒豆直樹)
「かなり派手なことをやっているように見えますが、きちんとした取材や訓練に基づいていて、嘘で塗り固められた100%フィクションでやっているような部分はない。『拳で壁をぶち抜くなんてありえない!』なんて言われましたが、実際にそれをやった隊員がいたからやっているんです」。
そこにあるのは自己満足ではない。スクリーンの中で起きていることは、実際にあったこと、そしてこれから起こりうる“現実”であるというメッセージ。何より、フィクションの世界でなく「本当に命を張って、人々を守ろうとする隊員たちがいる」という事実を、より多くの人々に知ってほしいという思い――誇りと責任を背負い、文字通り体当たりで過酷な現場に挑んだ。
「海猿」の原案を手掛けた小森陽一氏が原作を担当する人気漫画の実写版。「警視庁特殊部隊(SAT)」「警視庁特殊犯捜査係(SIT)」に続く“第3のS”として、犯人を生かしたまま確保することを任務とする「NPS」隊員となった元ボクサーの熱血漢・神御蔵一號(かみくらいちご)の成長を描く。
2014年の連続ドラマの放送開始時には、既に劇場版の製作が発表されていた。向井は主演として目の前のドラマを成功に導くという使命感を持ちながら、同時にその先にある劇場版を見据えての役作りを自らに課した。
「当然、連ドラは連ドラとして完結させないといけないという思いはありましたが、僕らにとっては映画こそが最終回。今回、成熟とまではいかなくとも、成長した一號の姿を見せられたと思います。『誰も死なせない』という一號の覚悟は、連ドラ時のまだ実力がない頃はすごく難しいことだったけど、成長していく中でその言葉の重みが変わってきた。元々、一號の信念が周りの人々を動かしていくという一面はありましたが、理想論ではなく実際にどうすればいいかを考えられるようになったと思います。その信念は、自分の命をも懸けなくてはいけない、すごく危険なものでもあるんです。最初は口だけだったかもしれないけど、それが間違っていなかったんだと今回の映画で思えました」。
映画では、核燃料を積んだタンカーがテロリストに乗っ取られるという状況でNPS、SAT、海上保安庁所属特殊警備隊(SST)の協力体制が敷かれ、一號も戦いに身を投じる。物語のスケール、アクションの激しさなど、ドラマと比べて格段に上がっている。
「台本はシンプルなんですよ。アクションも1~2行で『ヘリからロープでタンカーに降りる』とか書いてあるだけ(笑)。こんなシンプルに行くはずない! と最初から台本は信用していなかったですよ(笑)」
もちろん、個々のアクションの精度も重要だが、向井が時にそれ以上に重視したのが現場全体の空気感。冒頭で語った“リアリティ”にも通じるが、極限の状況下で任務を遂行する者たちと応戦するテロリストたち。命を懸けて戦う者たちが醸し出す空気を「成立させなくてはならない」という思いを強く持って現場に臨んだ。取材などでの口調や佇まいからクールで落ち着いたイメージが強い向井だが、いざ俳優部の一員として現場に入ると、時に熱い言葉で周囲を鼓舞することもあるそうで、現場での“座長・向井理”は一號に近いのかもしれない。
「アクションに関しては最初から大変だと思ってやっていましたし、1カ月ほどの練習もあったので、あとは現場で合わせるだけで、用意されたものを披露するという感覚でした。むしろ大変なのは単純に走ったりという用意されていない部分。例えば青木(崇高)くんは以前から知っているし、最初から気合いを入れて現場に来てくれるので安心してできましたが、エキストラの方や初めてご一緒する方とはどうしても温度差が生まれてしまうんです。僕らは連ドラを経て、最初から分かっている部分も多いけど、初参加ではなかなかそうもいかない。そこでの空気感、対峙する時の迫力など全体のレベルを現場で底上げしていかないといけないというのはありましたし、それこそ何度も撮り直しましたね」。
一號と綾野剛演じるSATの冷徹なスナイパー・蘇我との関係性も、ファンにとっては胸を熱くする部分。本作では2人が言葉を交わすシーンは決して多くはないが、向井は数少ないやり取りの中で関係性の変化、一號の成長を見せることができたと手応えを感じている。
「タンカーでごく短い会話を交わし、蘇我が一號にあるセリフを言うんですが、それだけでベタベタしていない、サラッとした関係性が見えてきて、すごく良かったなと完成した本編を見て感じました。そこが綾野くんのすごいところで、それだけで連続ドラマの10話分の関係を証明してくれています」。
ちなみに向井と綾野は共に1982年生まれの同級生。先日開催された完成披露試写会で綾野が向井とは「長い付き合いになると感じた」と語るなど、まさに一號と蘇我のような互いを刺激し合い、高めていく関係性をうかがわせた。向井に綾野、本作同様に映画化も決まっているドラマ「信長協奏曲」で共演した小栗旬、山田孝之らも含め、現在30代前半のこの世代には、常に新たなことにチャレンジし、邦画界を牽引する“元気な”存在が目立つ。向井は同じ世代の俳優の存在をどのように見ているのだろうか。
「僕らは学園ものをやってきているので、周りから見ても“同世代”という感覚は強いんでしょうね。やめていった者もいれば、いまでも頑張っている者もいますが、僕にしても綾野くん、小栗くんも、華々しくデビューを飾ったというよりは、オーディションで役をつかんで、積み重ねてここまでやってきたので、その意味で意識が似ているのかな。ものの見方もやり方も、個性も全く違うんですが、互いにやりたいことはすごくよくわかるんです。そうやって頑張っている人間が周りにいることは、もちろん刺激にもなりますし、素直によかったなと思いますね」。
今回、リアリティを追求し、本物の特殊部隊の動きを参考にする中で「撮影として何度も繰り返す中で、慣れてしまい相手がどう動くか分かってしまうので、それを一度、忘れることが必要だった」と振り返るが、それは向井の役者という仕事の中で大切にしている価値観とも重なる。
「こなれてしまうのが一番怖いので、そこは毎回、潰していかないといけないと思っています。慣れというのはやりやすさではあるけど『こういう役だからこうしておけばいい』というのが一番良くないと思っています。同じ役というのはないので、経験を重ねてきたからこそ、毎回、一度フラットな気持ちになって、常に新鮮さを持ってやっていくのがこれからのハードルになるのかなと思います」。