「報われない美女と自業自得の野獣がタッグを組んで新しい息吹を奏で幸せを求める、素敵な音楽映画」はじまりのうた Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
報われない美女と自業自得の野獣がタッグを組んで新しい息吹を奏で幸せを求める、素敵な音楽映画
公開当時評判が高かった「ONCE ダブリンの街角で」(2007年)が長い間気に掛かって未見のままでしたが、そのジョン・カーニー監督の今作を観る機会を得ることが出来て、とても気に入ってしまいました。公私共にパートナーとして売れっ子歌手デイブとイギリスからニューヨークに来たシンガーソングライターのグレタという若い女性が、レコードレーベルの創立者で二度のグラミー賞の実績を持ちながら長いスランプに陥り、家庭も崩壊した音楽プロデューサーのダンという中年男性と偶然に出会って化学反応を起こす音楽映画の、その語り口の巧さ、演出の呼吸がいいことに感嘆しました。タイトルバッグを兼ねる唐突なプロローグのライブバーのシーンから、そこに至るまでの説明がほぼ前半部分を占める長尺なのに弛みが無く、一寸いかがわしく、同時に明け透けながら、人間味とユーモアが感じられる演出タッチが観ていて、とても心地良く楽しめたのです。そのストーリーの意味合いや流れを暗示する曲の歌詞がまた、観る者の想像力を掻き立てます。主役二人を対照的な(報われない美女)と(自業自得の野獣)に意図した設定も、脇役との関係性で補足していて説得力があります。例えばデイブとグレタが2年間の付き合いと睦み合うものの、デイブファンから写真を頼まれる様子があり、レコード会社での扱いも、スタッフ用のコーヒーの買い出しするグレタがアシスタント並みの扱いと見せます。そこからデイブの裏切りをビンタ一発でお返しする展開の無駄の無さ。また親友スティーヴが路上ライブで熱唱した後の白けた視界の先からグレタが現れて再会を喜び合うシーンと、スーツケースと自転車を引っ張りながら無言で近寄るグレタをまるで恋人のようにスティーヴが抱きしめるシーンの描き方の見せ方。ギャシャーンと倒れる自転車にグレタの心情が表れています。この自転車の扱いの巧さ。ダンが娘バイオレットを迎えに行くシーンも良い。飲んだ酒の瓶を隠し、口臭を誤魔化し嘘を付くところから、父親の良いところを見せるつもりで会社に乗り込むも無様な姿を晒す羽目になり、家まで送ると妻の容赦ない全否定の愚痴に襲われる。ただ、家の中まで入って来たダンにバイオレットが食べ物を上げるカットで、そんな父親を嫌いになれない娘の気持ちが推し量れます。脚本と演出を兼ねたジョン・カーニーの巧みに計算された映画的な表現力に感心しました。
後半の見所は、正式な録音スタジオが使えず、苦肉の策でニューヨークの街中で強行するライブ録音の臨場感含めた音楽作りが生き生きと描かれて見惚れてしまいました。ただ本来あるべき音楽の音への拘りからすれば、このユニークさを邪道と感じる人がいてもおかしくありません。予期せぬ騒音や風などの自然音が混じってしまい、喧騒の正体が気になる繊細な音楽愛好家もいるでしょう。制作費を抑えたいダンのこのアイデアは、あくまで映画のストーリーとして創作されたフィクションと捉えるべきと思います。それでも偶々裏道で遊んでいた子供たちがコーラスを担当するところなど良い味わいですし、地下鉄ホームのゲリラ録音の可笑しさ、摩天楼に囲まれた夜の屋上のロマンティックな雰囲気での盛り上がりなど印象深いシーンが続きます。このアルバム作りが進む中で、グレタの恋人デイヴとの復縁への期待やダンの家族の再生の予感を織り交ぜた脚本も、巧みに練られていて素晴らしいと思いました。それとセントラルパークのシーンでは、ジョージ・シドニーの「愛情物語」で名シーンになっていたベセスダの噴水が登場しています。ロケーションとしてはありふれた場所なのでしょうが、優れた音楽映画の優しさを想起させるカメラワークに一寸嬉しくなりました。
主演のキーラ・ナイトレイは、音楽家として自立するグレタの内面の葛藤を等身大に近づけて表現していました。無名のシンガーソングライターのグレタ役には新人の女優か音楽家が最適だったのではと思いますが、このナイトレイの地味な演技に彼女の真摯さが感じられて、良かったと思います。才能が有りながら運に恵まれないダン役のマーク・ラファロは、汚れ役と言っていいキャラクターを愛嬌あるユーモアを醸し出しながら丁寧に演じていました。妻ミリアムのキャサリン・キーナーとの相性も良く、変な夫婦像を演出と共に構築していて面白かったです。個性が光っていたのは、娘バイオレットを演じていたヘイリー・スタインフェルドの若さ溢れる演技。今この瞬間の存在感がありました。音楽家のアダム・レヴィーンとシーロ・グリーンについては何の知識もありませんが、作品に合った演技を全うしていて、俳優陣全体のまとまりのある音楽映画になっています。役柄で驚いたのが、ジェームズ・コーデンが演じたスティーヴの人の良さでした。女性にはモテそうもないですが、優しい心を持った善人でグレタには恋人以上に必要な男性です。世の中に、こんなお人好し男性が意外といるものです。
これら俳優への演技指導も含め、初めて観るジョン・カーニーの映画的な手腕には感心するところが多く、近年の作品の中では私好みの良作と評価したい。演出の息遣いと音楽愛が一つになったカーニー監督の秀作。温もりを求め街に生き音楽を奏で幸せを願う物語が、とても素敵な映画になっています。
Gustavさんへ
“映画を愛して下さっているのが伝わるレビューに”
映画愛に溢れた素敵なフレーズですね。
私は恵まれた状況からスタート出来た映画鑑賞の人生だったことに感謝しつつ、
これからもたくさんの感動作に出会えると共に、“映画.com”での皆さんのレビューからその感動が更に膨らむことを期待しています。
これからもお付き合いの程、宜しくお願いいたします。
Gustavさんへ
返信頂き、こちらも恐縮の限りです。
私が「共感」クリックするのは、
・文字通り共感した時
・私が鑑賞時に得られなかった新しい情報や気付きを頂けた時
・多少の意見の相違はあるものの、フォローさせて頂いている方にレビューを拝見しましたことをお伝えしたい時、
なのですが、
悩むのはフォローの方の御意見とは余りにもその評価に違いがある時の「共感」クリックです。というのは、その後に無理に「共感」の返信を頂いているのかなぁと思うことがあるからなのですが。
Gustavさんにおかれましても、「共感」らしからぬ「共感」を差し上げてしまいましたら、寛大に御推察頂けましたら幸いです。
今後とも宜しくお願いいたします。
Gustavさんへ
また、色々と教えて頂くことの多い貴兄の深い洞察に裏打ちされたレビューにも関わらず、相反する小生の底浅い拙い投稿に「共感」を頂き、大変恐縮いたしております。
Gustavさんの今後のレビューに期待しつつ、今度とも宜しくお願いいたします。
詳細なレビュー、ありがとうございました。読むと、クリアに思い出せます。やっぱ、いい映画だったんだな。
俺も「ONCE ダブリンの街角で」未見のままなんです。一生の不覚なので、早く観たいです!