「「わからせようとするのは下衆だ」 by 小津安二郎」ゴーン・ガール さぽしゃさんの映画レビュー(感想・評価)
「わからせようとするのは下衆だ」 by 小津安二郎
デヴィッド・フィンチャーは大衆を見限ったのか?
大きくは3つのパートに別れていて、妻の失踪(犯罪の匂いあり)に嘆く夫ニック(ベン・アフレック)、そして同情的な外野、その夫がとんでもない男と判明して叩かれ疑われ、失踪したエイミー(ロザムンド・パイク)の夫婦間の主権を取り戻す戦いとなっております。
ミステリーからスリラーになっていく過程で、観客は先入観なしに人を見る難しさを知り、いいように騒ぐマスコミや、掌返す隣人、犯人として扱う警察に腹を立てる。
と同時に、仕事もせず、妻の収入に頼って、無理矢理したい時に強引にセックスをし、しかも若い愛人まで作ってるニックにも、腹を立てる。
なんとも苛々する!その思考のジャック感、胸ぐらを掴んで物語に引き込む感は、まさにフィンチャー節です。
本作は賛否両論で、ことプロと称される方達の辛口批評(?)批判が目立ったように思う。なぜ批判かと言うと、その殆どが「不快」という感情論だったからです。プロット優先(プロットを理解してるのかも怪しく思いましたけど)で、キャラに深みがない、魅力がない。馬鹿過ぎる!とか。
「馬鹿過ぎる」
これも批評ではないですね。
なぜフィンチャーが、キャラに深み(?)を持たせなかったか?この点、後で語ります。
そもそも本作はサスペンスなのか?スリラーなのか?どんでん返しのミステリーなのか?勿論それぞれの要素はありますが、どれもNOだと思います。
本作はトータルでは、ブラック・コメディです。なんでそう思うか、ちょっとした小咄をします。
①「私の友人は夫にむかつくと、夫の歯ブラシで便器掃除をして元に戻しています」
②「私の元同僚は夫が愛人から貰った携帯ストラップが自然に切れて落ちるように、毎晩カッターで切れ目を入れています」
こういう夫婦間のブラックな笑い話が、過剰になったのがゴーン・ガールです。あ、因みに②は実話です。元同僚が毎晩どんな顔してカッターで切れ目を入れてるのか、想像もしたくありません(笑)
どこかの家庭にありそうな小咄を、あり得ないところまで膨らませたのがゴーン・ガールです。
どこかの家庭である為に、どこかにいる夫、どこかにいる妻、両親である為に、登場人物は、ある種の観客を容易に感情移入させる為の、着ぐるみでなくてはならない。
セブンの嫌な余韻はなぜか?もし自分がブラピの立場だったら?と考えるからです。
ファイトクラブの普遍的なテーマは何か?ノートンの役名は何か?これを即答できる人、あまりいません。「ファイトクラブ」を好きと言っている人であってもです。
フィンチャーは登場人物に観客が自分を重ねることを、強く、強く、仕掛ける監督だと思っています。
もう一つは、夫婦間の主権の問題。パワーバランス。夫を追い込み、結婚生活を破綻させたと思いきや、エイミーは主権を取り戻して、妻として(自分の中の完璧な少女像を捨て去って)絶対的な立場として返り咲くというやり方を、過剰に演出した作品です。
一般的には、奧さんが実家に子供連れて帰れば、旦那さんはしゅんとして、言うこときくようになるのにね。ここまでやるなんて!っていう、笑いです。
で、マジか!?と思うニックに、エイミーが言いますよね?
「これが結婚なのよ」
はい!ここ!ここです!
どうせ観客は不快な「イヤミス」程度にしか理解できないから、テーマを言ってやるよ!ですか?
ここをどんでん返しと解釈してる方が多くて、びっくりしました。
フィンチャーは、もう観客に見抜く力を要求しないんでしょうか?
フィンチャーは、文化や知識を観客と共有できると期待するのを止めたんですか?
フィンチャーは、自分の作品を理解できない観客にうんざりしてるんでしょうか?
ファイトクラブとか?ファイトクラブとか?ファイトクラブとか?
観客と文化や知識を共有できると思えば、表現は簡素化されると私は思っています。
「2001年宇宙の旅」でキューブリックが語ったように、「人間存在の根本的な部分で響きあえる」為に、言葉で説明せず、情緒的、哲学的な内容を、直接潜在意識に訴える。まるで音楽のように、観る人の意識の奥まで届ける(1969年プレイボーイ9月号インタビューより)。
キューブリックは観客と共有できると、響き合えると、信じていたのだと思います。
しかし逆に、観客と共有するものが少ないと考えれば、語らなくてはいけなくなりますよね?
フィンチャーは大衆を、観客を見限ったのでしょうか?
今後、フィンチャーがどんな作品を撮るのか、すごく興味があります。
PS 本作ではフィンチャーの拘る映像美は望めないとの前評判でしたが、原っぱをみんなで捜索するシーンの空、ニックとエイミーの粉吹雪舞うキスシーン、喉を切り裂いて血飛沫を浴びるエイミーの、赤と白の美しさが印象に残りました。調べたらRED DRAGONフル6Kで撮影されてました。あの、この辺を語るキャラではないので(深みは要りません)、詳しい方お願いいたします(笑)