チョコレートドーナツのレビュー・感想・評価
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良かったけど、なんくせもつけたくなりました。
鴻上尚史さんの人生相談でタイトルが出てきたので手を出しました。
面白かったです。満足。マルコくんかわいい…!!
しかし、なんくせをつけたくなる部分も。
「偏見はよくない」と訴えたかった映画なのでしょうが、
「障害児の養護施設はろくでもないところ」「麻薬依存症者は結局立ち直れない」も、
これまた別の偏見にならないかな?と。
当時のアメリカの障害児養護施設の状況を私は知りませんが、
現代日本の健常児の養護施設に関しては、
某小説やら某コミックエッセイやら読んで、
「劣悪な環境の家庭に比べれば、まっとうな施設ならば、後者の方がいいに決まってる」と思うようになりました。
ま、「両親」ふたりが築いていた温かい家庭に比べれば負けるかもしれませんが。
そして麻薬依存症者については、立ち直るのはかなり難しいかもしれませんが、
ただ現在努力して断薬している人も少なくはないでしょうし。
切ない
同性カップルだからといって、あんなに親権を認めてもらえない場合がある。
温かく優しい親の顔になった二人と少年がいつまでも穏やかに過ごすラストを期待していたのね、まさかのエンディングに悲しくて…
子供の幸福を一番に、子供に愛が注げる人が親になれるような柔軟な制度が確立されたらいいのに…と思いました。
短い期間だったかもしれないけど二人は本当に素敵な親でした。
切なすぎる
ハッピーエンドにするべきでしょう!
麻薬中毒の母親から子供を保護というと、「しあわせの隠れ場所」を思い出す・・・親が州の保護下の場合、親の同意なしに後見人になることができるので、申請によって後見人になった話だったが・・・時代が違うので同じようにはいかないかもしれないが、何らかの方法によって、3人が一緒に住めるだろうと期待していたので、ややガッカリの結末だった。マルコはハッピーエンドが好きだったのに、皮肉なことに現実は真逆の結果になってしまった。
<印象に残ったセリフ>
-裁判に負けた後-
(ポール)正義などないんだな
(黒人弁護士)法律学校でまず
そう教わらなかったか?
それでも戦うんだ
生みの親より育ての親
たまたま好きになった相手が同性で、そのカップルがなぜ子供を育ててはいけないのか、ボクには全く解らない。
どんなことでもだけど、多くの人たちが共有している価値観、少数派=異質なものに対する精神的ハードルは、その行いが「正しい」か「正しくない」か、本人たちが「幸せ」か「幸せでない」かに関わらず、また本人たちがまわりに迷惑をかけている訳でもないのに、それを許さない。
子供の幸せは、育てる環境よりも愛情のほうが多くの場合、重要と思うけど、その当たり前のことさえ許さない世の中の不条理が悲しい。
マルコが死んでしまった原因を作ってしまった人たちが、マルコの死を伝える手紙を読んだとき、どう感じたのか聞いてみたいと思った。
良い映画でした。
24-024
有る意味ご都合主義
まぁ、深く考えなければ映画としては良いと思う。同性愛への偏見・差別などの訴える問題も有るし。疑似ではあるが一種の親子もので、ラストに歌うルディの姿も熱演で感動的。これで良いと評価しないと叩かれるタイプの映画。
ただ、今まで付き合いも無かった隣人の子供、それもとても手が掛かるであろう障害児を引き取って育てようとするだろうか?うん、ルディは寂しかったんだろう、家族が欲しかったんだろうけど、その辺の設定が緩すぎるかなぁ。マルコにしても、ストリートチルドレンになるワケでもなく、施設に引き取られるんだから、家賃を「明日まで待って」と言うルディとの暮らしよりもマシだったんじゃないか?ルディを支えるポールとの関係にしても、以前からの恋人同士なら分かるんだけど、出会ったばかりで、ゲイである事を隠しているのになぁ。
しかも、ゲイってバレたら仕事をクビになるって・・・・(まぁ、建て前はマルコを引き取る時のルディとの関係を偽ったからなんだろうけど)、そうなると、マルコを引き取る裁判以前に、自分の不当解雇を訴えるなりするんじゃないか?まぁ、アメリカの雇用制度だと、そう言う無いのかもしれんが。だとしても、少なくともポールが理解のある弁護士事務所等に雇用されるシーンが無いと、二人の生活費って?って思った。
とは思いながら、「実話を元にして」と有るから、多少の演出過多はあっても、「あぁ、こういう事が有ったんだろうな」と思い観た。が、見終わってからググったらほぼ創作・・・・。
実話を・・・って推すのが逆に冷めてしまった。
日本版のタイトルが秀逸
ルディがたまに見せる満面の笑みが好き。
ポールに同居を申し出されたときとか、マルコが歌ったあととか。
あと先生(いしのようこ似)がめっちゃいい人で泣ける。
ハロウィンの仮装の映像、和やかに観てたのにこれがそんな流れになるとは。泣ける…
わざわざ母親と取引してまで二人からマルコを奪うとか…
「ぼくのうちじゃない」とか……
泣ける。
実話をもとにってのでまた泣けてくる。
「グッド・ワイフ」今後も観ます。
人の本心に響く良作
70年代からつい最近までのアメリカの制度の欠如を、日本人の私にでもわかりやすく批判していた。
実の母よりゲイの二人のほうが愛情をもって育てているという事実を、同性愛という全否定される立場でありながら、時には熱く、時には冷静に誠実なことを伝えている姿に感動した。
物語の結末に、マルコが死んだあとにポールが、酷いことしてきた人たちにまで書いて出した手紙は、非常に心を打たれた。
知的障害者や同性愛という立場の人を、気遣い行動する人も増えてきたご時世。しかし、本心からは馬鹿にしたり無下にしていないかということが問われているような作品だった。
米国憲法修正第14条で護られなかった人々
舞台は1979年のアメリカ。1970年代は憲法修正第14条を根拠に、それまで差別されていた女性の、法の下での平等が認められるようになった時代だ。
しかし同性愛者への偏見は依然として厳しいことが分かる。主人公達の、第14条を根拠に母親がいない間の保護を申し立てる計画は、まともに取り合ってもらうことができず、救えたはずの命を失ってしまうのだ。
同性婚が米国全州で認められたのは2015年。同性婚の養子縁組が認められたのは2016年。この映画が制作されたのは2012年だから、社会の耳目を集める役目を果たしたかもしれないと思った。
チョコレートドーナツ🍩見るたびに思い出すのはつらいよ
泣きました。何回も鼻かみました。ぐちょぐちょのティッシュをウチで捨てて、ああこんなに泣いたんだ
とびっくりしたぐらい。
1970年代の実話にインスパイアされた脚本による映画。
ショーパブで踊るゲイのルディの夢は本当は歌手。そこへひとりでやって来たポール。彼は弁護士だった。ルディと同じアパートには薬物中毒の母親を持つダウン症のマルコがいた。養育権を争う場面では養育環境の良いポールの家が必要な二人はいとこ同士だと主張し、刑務所に入所中の母親に代わってマルコを二人で育てる。約一年間。マルコは学校に行く。環境が好転して、マルコは成長著しい。学校の先生もそう言ってだから、確か。この美人先生がルディとポールを色眼鏡で見ないところが素晴らしい。しかし、ポールの上司の家のパーティーに招かれてから二人がいとこ同士ではないことがバレて、ポールの上司のランバートが、偽証だからマルコの養育権は無効だとチクることで再びマルコは養護施設に戻されてしまう。すっかり落ち込んでしまう二人。ポールは再び養育権を法廷で争うことを決意。差別問題に強い黒人の弁護士の援助を受けて、裁判は順調に進み、学校の先生の供述もあり、ゲイカップルでもマルコの養育権を得られるかにみえたが、ランバートが裏で手を回して、母親を出所させ、無理矢理マルコの養育権を主張させる。
最後まで、ハッピーエンドになってくれることを信じていましたが、シャブ中の母親が男を部屋に呼びこむ劣悪な環境に戻ってしまう。母親と男がよろしくやる間、部屋を出される。
嫌な予感がしました。
マルコが外をさ迷ったあげく、橋の下で死んでいたと新聞の片隅に載ることで二人はマルコの死を知る。ポールはランバートはじめ、裁判に関わった司法関係者に手紙を書き、これを知らせる。「マルコはハッピーエンドの物語がとても好きでした………」法律と行政が必ずしも弱者のものではないことに対する反省を促すというより、静かに燃える抗議を込めて。でも、マルコは帰って来ない。
一番悪い(ヤナ奴)は。ポールの上司の検察官(弁護士)ランバート。最初から俗物感が強くて、キライなタイプ。あきらかにポールへの嫌がらせ。
ルディはポールからプレゼントされたオープンリールレコーダーで録音した歌をカセットテープにダビングして、ほうぼうに送っていたが、ライブハウスの専属歌手の話しが決まる。
原題は Any Day Now 。いつかきっとという意味で、Bob Dylanの I Shall Be Releasedの歌詞から付けています
Any Day Now, Any Day Now, I Shall Be Released.
こんなに力強いのに悲しい I Shall Be Released は初めて聴きました。
映画で泣くのはただ悲しいとかではないです。悔し涙が大部分かな。
弱者、世間からはみ出したものが、体制の圧力や横暴によって不幸な結末を迎えたときが多い。
I Shall Be Released がかかるともう100%です。
昔(戦前、戦後)はダウン症などの障碍を持つ子供が道端で飢えで野垂れ死にすることは当たり前にあったらしいです。マルコの死に顔には何本も涙のスジがあったことでしょう。そうゆうことが、○○保護法とか制度でサポートされている今日でも、ありうるかもしれません。法律、条令の効力を発揮するには何が重要か。この映画は教えてくれます。また、原理原則だけでは融通がききません。たまになら夕食にチョコレートドーナツたべてもいいんです。邦題とてもよいです。
最近、草薙剛のミッドナイトスワン観ましたが、この映画の影響はものすごく大きいと思いました。
ルディ役のアラン・カミングはこの映画出演の後、堂々とカミングアウトできたそうです。
ルディの歌が良い
始めの数分は、自分には苦手な作品かもしれないと感じたけれど、気づいたら引き込まれていた。
映画だからハッピーエンドではないことに作品としての美学を感じるが、マルコにはルディと暮らして、幸せに生きて欲しかった。
(実話から着想を得たというだけで、実際には幸せに暮していたと信じたい)
少し「万引き家族」を思い出した。
正しいことがまかり通らない歯がゆさ。
予告を観て「あ、これ絶対面白い奴だ」と、一目惚れして視聴。
マルコにとっての最善であり、最高の生活が、世間からの風当たりや偏見がそれを許してくれない。結果最悪の結末になり、だれもが不幸になってしまう。
現代のように多様性、なんて言葉が浸透してなかった時代の話であるので、周りの人や偏見も分からなくはないけど、あまりにも悲しい物語でした。
ストーリーや展開は完璧だったのですが、ただ、マルコと2人が一緒に住んでからの描写を増やしてほしかった、というのが正直な感想ですね。
ハッピーエンドの物語が好き、とか、チョコレートドーナツが好き、とか、物語の大事なシーン、というか後々の感動を引き出すための描写が1度か2度くらしか出てこなかったので。
いい映画だとは思った
いい映画だとは思いました。
熱いセリフが多かったです。
「一人の人生をなんだと思っている」
また個人的には黒人弁護士が良かったですね。キャストも豪華で、当時の、今に続く差別の雰囲気をうまく表現しているのではないでしょうか。
しかし、いまいち感情移入できなかったのは、「自分だったら」どう思うのかという点ばかり反芻して、うーん、わからんとなってしまったからなのかもしれません。性表現が少し少ないとより見やすかったかなと思いました。
マルコは良いキャラクターでしたね。また裁判も少し偏見入りすぎだろと思えるほど滑稽でした。当時はあんな感じだったのでしょうか。正義はやはりなかったのですねえ。劇場型裁判。
ハッピーエンドではなかったですね。
最高の映画
俳優さんの演技力も然る事乍ら、とにかく内容が素晴らしい。
映画初心者の私でも分かりやすいのにあそこまで心の深い所に刺さる映画はそう多くないと思います。
愛しくて愛しくてたまらない主人公に会わせてくれた事に感謝
主人公がとても美しかった
いろいろ思うところはあるけれど、まず主人公のルディがとても美しかった。最初のゲイバーで歌っているシーン、一瞬で釘付けになりました。色気たっぷりで母性に溢れていて、女の人より女の人でした。
全員の演技が素晴らしかったですが、特にルディとマルコが良かった。
少し展開が読めた感はありますが、全体的に見るといい映画だったと思います。名言も多い。
LGBT差別について少し考えました。どうしてそこまで自分の人生に関係のない人の人生を否定するのか。もしかすると昔の人にとってのLGBTの感覚は私にとっての近親相姦の感覚なのかもしれない。もし近い将来、化学技術が進み近親間でも遺伝子に問題のない子が産める世界になってしまったら、私は近親相姦を肯定しなければならないかもしれない。そう考えるとLGBTとは私が思っているより重たい問題なのかもしれません。
これはちょっと極論ですね。勢いで考えたので、すみません。
いろいろ書きましたが、不当な差別偏見が無くなることを願います。
タイトルなし(ネタバレ)
衝撃の結末。
こんなあからさまに差別する時代があったのかと悲しくなったしマルコはルディとポールの元で幸せに暮らしてほしかった。
けど少し同情的に描きすぎだとも思った。
映画の中ではゲイだからダメだという風になってたけどもしゲイじゃなかったとしても親しくもなかったただ隣に住んでただけの独身男性に監護権が渡るなんてことあるの?
唯一の強みがポールの安定した収入だけどそれもなくなったし…
ましてや育てるのが難しい障害児。
母親がサインすればOKなのか?
切なさがやたらと記憶に残る映画
グリーンブックを見たときにも感じたが、あまり直球で辛いことは描かないというのがヒットする映画の条件のような気がする。
などと思いつつ、この映画のレビューを見たら、意外とショックを受けている人が多くてびっくりした。
実際にはもっと大変な差別や偏見があったと思う。
ダウン症の少年と向き合うのも色々と難しい問題があっただろう。
そういった部分はわりとさらりと描かれている。
しかしそのあたりの描写がリアリティーに欠けていることは、この作品においてさほど問題ではないような気がする。
ゲイのカップルのふたりは少年を深く愛していた。
一般的なスピードでは成長しない少年の勉強を見て、お話をしてあげて、そばにいてあげた。家族愛というか無償の愛を与えた。
アラン・カミングの切ない表情が忘れられない。
特にポスターにもなっている、泣いているマルコを抱き締めるシーンは心の奥のほうを義ゅっと掴まれた。
マルコが夜を歩くときの世界はうつろ。焦点のあわない街の光がふわふわと夢の中のよう。
ハッピーエンドが好きだった彼が、ハッピーエンドを手に入れられなかった。
そのせいで余計にこの映画が印象に残るんだと思う。
二人のなかにこれからもずっとずっと残る、マルコ。
マルコのなかにもずっと二人が残っていく。
エンディングの歌詞の切なさもいい。
愛しい息子を守る為、戦う映画
2度目見ました。
1975年。誇り高いドラッグクーンのルディと純真な検事のポールが出会う。
ルディが同僚に「あの人は気付いてないけど、私にゾッコンなの」という言葉、すごく良かった。
純真で自然体のポールをうまく表してると思う。
ちょうど隣に住んでたアパートの女がドラッグ中毒者で捕まり、その息子の知的障害者である15歳のマルコの世話をするようになる。
ルディとポールが出会って2-3日。マルコを引き取る為、3人が一緒に暮らすことに。
マルコもようやく家と呼べる愛情に溢れた暮らしが訪れた。
しかし検事局の上司がポールがゲイだと気づき、あらゆる手段で妨害を始める。
裁判でのポールの言葉「これはゲイの問題じゃない!チビでデブの知的障害の子を誰が育てたがる!愛情をかけて育てる!」という言葉が突き刺さる。
1975年当時はゲイへの偏見も凄かったんだと思う。
ゲイがどうのこうのを抜きにしても、純粋に愛が溢れた映画でした。
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