チョコレートドーナツのレビュー・感想・評価
全365件中、1~20件目を表示
1970年代のNYでの実話ドラマ
【概要】ゲイであるが故の社会的偏見や法的差別の実態をまざまざと見せつける
【感想】現代社会を風刺しラストで家族とは何か愛とは何かを深く考えさせる
【哲学】家庭をつくるのは親ではなく愛
余韻が半端ない
同性愛に対して差別と偏見が強く根付いていた1970年代のアメリカでの実話をもとに、育児放棄された子どもと家族のように暮らすゲイカップルの愛情を描く〜、とあらすじを簡単に読んでから鑑賞したため、勝手にパッピーエンドかと勘違いしていたら、なんて悲しすぎるんだ……余韻が半端なかった。レビュー書くのに時間がかってしまったけど、作品としては素晴らしかったです。三人の生活シーンが本当に優しさに満ちていた。
アメリカ限らず現代日本でもまだまだパートナーシップに寛容とは言えないところが多くある。もっと優しい世界になりますようにと願ってやまない。
ゲイへの偏見が単なる無理解を超え、執拗な「憎悪」へと変貌している怖さ
血の繋がりを超えた深い愛を描きながらも、観る者の心に消えない痛みと憤りを残す作品です。
LGBTQ+への理解が進み、多様な家族の形が認められつつある現代の視点から見れば、本作で描かれる悲劇は「今ならば起きなかったはずだ」というやるせなさに満ちています。ただ静かに子供を愛し、温かな家庭を築こうとする二人の切実な願いが、時代の壁に阻まれる姿はあまりに酷です。
けれど翻って、それでは現代ならば違う結末になったのかと問われると、はっきり肯定はできないところがもどかしい。
どうなんだろう。
特に恐ろしいのは、ゲイへの偏見が単なる無理解を超え、執拗な「憎悪」へと変貌している点でした。なぜ彼らの存在がそれほどまで罪深く扱われ、排除されなければならないのか。その明確な理由が見当たらないまま、社会全体が牙を剥く不条理には戦慄を覚えます。
公選弁護人のように本来は中立、あるいは弱者に寄り添うべき立場の人々までが、利害関係もないのに二人を徹底的に追い詰め、悪魔のように仕立て上げる光景は、社会の無言の圧力という集団心理の恐ろしさと制度の冷酷さを浮き彫りにしています。愛という純粋な力が、偏見という巨大な闇に飲み込まれていくラストは、私たちに「正しさとは何か」を重く問いかけます。
鑑賞600本目となった良作
600本目の鑑賞作品は、
胸が痛くなる良作だった…
まず本作を見た後に、率直に思ったのは、
普通と違うとは一体何なのか。
100人いれば、100通りの考え方・生き方があるのは
自然なことと思う。
これこそが正しい生き方と社会が勝手に決めて、
そのレールから外れている者は異常者とみなす、
そんな闇が描かれていた。
一体何の権利があって、その人たちの仕事、選択、幸せまで奪えるのか。
悲しいが、これが現実なんだ…
自身も同性愛者である名優アラン・カミングが、ただみんなが普通に手に入るものでも、マイノリティーと言われている人たちにとってはどんだけ難しいことなのか身をもって示してくれた。
そういうおかしい偏見に臆することなく、立ち向かうことができる彼の姿勢がカッコよかったし、偏見に苦しめられている当事者たちの背中にそっと手を添えるようなアランの温かさも感じた。
そして歌も上手い!✨
社会全体の見方を変えて、本作で言う
社会から漏れる人たちをなくさないといけないと強く感じた。誠実で人間味溢れており、歌の才能まであるのに、
同性愛者という理由だけではじかれる社会は間違っていると本作を見て思った。
マルコは「不当な審判」によって殺された
新宿シネマカリテの閉館に併せて上映された本作品。映画館での鑑賞は2回目だ。
ルディを東山紀之が演じた舞台も観たが、やっぱりスクリーンの方がグッと刺さった。
結末まで判っているのに涙腺がおかしくなった。
ゲイのカップルで何が悪いんだ?彼ら以上にマルコへ愛情を注いでいた者がいたか?
モヤモヤ&鬱屈テンコ盛りだか、今から半世紀近く前では「多様性」の扱いは微弱だから仕方がないのかもしれないが、「なんで?」と言う疑問符しか残らない。
チョコレートたっぷりのドーナツを目の前にして満面の笑みを浮かべているマルコ、その彼を見ているルディとポールの優しい眼差しを観ているだけでウルっとしていた。
ゲイカップルと母に捨てられたダウン症児が差別的な社会にめげずに生き...
何食べのケンジとシロさんに会いたくなった
1970年から50年以上経った今も彼等のような社会不適合者と思われてしまう事実はまだありますが、昔と違い大分犯罪として扱われることはなくなった。
ゲイカップルのルディとポールは育児放棄されたダウン症の少年マルコと本物以上に家庭的な家族となり無性の愛を捧げるようになる。
一人の少年を救いたいと躊躇なくマルコの手を取るルディの温かさに心震えた。しかし彼の笑顔を守りたいという気持ちが膨れ上がりその愛情が暴走し、茨の闘いに挑んでしまったのでないか。
後半はずっと裁判シーンが続き重い。マルコ少年が通う学校の女性教師だけが、ありのままの彼等を慕っていたのが救い。ただ意固地にマルコの親権を争うのではなく賢く寄り添える術を模索すべきだったのではと難しい問いに頭を巡らせる。
とにかく衝撃的な最後に心が苦しくて涙が止まらなかった。
昔々ある所に魔法の少年マルコがいました。そのマルコは、ハッピーエンドが大好きです
どれだけたくさんの人が死んで、どれだけの時を積み重ねていったら、誰もが自由に幸せに生きる時代が来るんだろう?望んで生まれてきた訳ではない、何も悪いことをしていない、命には限りがある。なぜこんなに苦しまなければいけない社会で世界なんだ?
ルディの歌、歌詞、笑顔、涙。マルコの好きなお話をするルディ。マルコの頷き、笑顔、マルコの最初の言葉:"Excuse me, I'm hungry"。幸せいっぱいのホームビデオ。小さい小さい新聞記事を手紙と共に関係者に送るポール。自分を隠し料理が上手く弁護士でハンサムなポールと、カミングアウトして自由な仕事をしている優しいルディから、日本のTVドラマ「きのう何食べた?」を思い出した。この映画と原作がヒントになったのだろうか?
キャスティング、衣装にヘアメイク、音楽、脚本、セリフ、全てがよかった。新聞記事の内容とポールの手紙に涙が止まらなかった。
かなしい
愛と理不尽と怒り
実際にあった話をベースに、フィクションを多分に含んだ今作。こんなにも愛しくも悲しい話が完全な実話じゃなくて良かったと心の底から思います(男の子は実際は死んでないらしい)
法と差別の間で葛藤するゲイカップル二人と犠牲になったダウン症の男の子が本当にやり切れなくて、怒りがふつふつと込み上げてきて終わったあともなんとも言えない気持ちになります。
時代的にゲイ差別が一番激しかった事を考えればこういった悲しい話も実際あったのだろうなと思います。大好きだけどもう2度見たくない話の代表格ですが最初のシーンの伏線が回収されるのでぜひ2回目を見て欲しい。
他人の愛は理解しがたい
同性愛者への理解に乏しい時代が、愛し合う家族の絆を引き裂く悲劇。として観たものの、自分にも反省する所のある話だと思いました。
例えば美女と冴えない男のカップル、大きく年の離れた夫婦、子どものいない家。世の中は、自分には理解できない愛であふれています。口に出さずとも「何か事情があるんだろうか?」と邪推してしまうこともしばしばで、その上同調が得られれば、即席の正義感で関係を壊すかもしれません。
あの時代の「同性愛」は公然と邪推し、攻撃して打ちのめすことを許された、大衆にとって不可解な関係の1つだったのでしょう。上司がわざわざ薬物依存の母親を解放してまで主人公を妨害したのもそのためではないでしょうか?
見返りのない愛は自分事しか信じられない。
人は身勝手な生き物です。
アラン・カミングの微笑は、何かこっちまで安心するくらい温かくて優しくてよかった。
人類は少しずつではあるが成長している
邦題が秀逸。
この手の題材は苦手だが観て良かった。実に実話がベースとのことだが、1970年代と今では状況が一変しているので今ではこのような作品は今では逆にリアリティがないかも?チョコレートドーナツという邦題は秀逸で、オリジナルのタイトルよりもずっと良いと思う。何度もチョコレートドーナツを食べる場面が出てくるものと勝手に想像していたが見事に裏切られた。
本当の意味で殺したのは誰か
この物語はマルコが好んだハッピーエンドではない。正義が勝つ話でもない。結局差別がなくなる訳でもなく、どうしようもない世界は続いていく
ここで重要なのはマルコを殺したのは誰か?という話だ
この映画を観たら、「母親」だと答える人もいるだろうし、差別主義者の「判事」や「裁判に関わった人」だと答えるかも知れない。母親と司法取引をした男かも分からない
でも俺はマルコを殺したのは他でもなく、ルディとポールではないかと思った
月曜から夜ふかしで、独り身の女性が出演した時、誰かとご飯を食べたいと言ってスタッフが招かれて料理を作り振舞った。女性は誰かとご飯を食べれた事が嬉しく、美談のような形で終わった
けれどマツコは女性に「人とご飯を食べる喜び」を教えたのは本当に正しいことだったのか、と言った。スタッフの行動は本当に善だったのか、と。女性に笑顔を与えたのは確かだが、その女性の孤独をより濃くしたのもまた事実だ
マルコはルディとポールという暖かい存在を知らなければ、愛のない冷たい部屋で生きていけたかもしれない。それはただ息をするだけの「生きてるフリ」に他ならなかったかもしれないが、それでも死ぬことはなかっただろう。家庭丁の保護下にあるか、出所した母親のネグレクトに近い形でかろうじて生きていくことは出来たはずだ
最後マルコは「家に戻ろう」として死んだ。家とはまさに母親の家ではなく、ルディとポールの家だ
ルディとポールがマルコに愛を与えなければ、その存在を知られなければ、マルコは生きていけたかもしれない
愛を知ってその温かさを求め死ぬか、愛を知らずにただ息をするだけで長く生きるか。そのどちらがいいかは分からない。マルコはそのどちらがいいかを考える知能もなかっただろう
ルディとポールはただ善意と愛でマルコに愛を与えた。その結果がマルコの死だとして、その二人の行動が間違っていたとは言えない。差別がなければマルコは二人の元で笑顔で暮らす未来を掴めていたはずだ。だから悪いのは差別そのものなのかも知れない
けれどこれはポールの言葉の「解」になっている。ポールは理想を捨て現実に生きていた。そしてルディに触発され、正義と理想に立ち向かった
ポールはこれは差別ではなく事実だ、と言った。差別される世界を消すことはできないし、その「構造」の中でどう生きるかという問題でしかない。これはある種で諦念のように思えるかもしれないが、差別のある世界での生き方への解として結果的に正しかったものなのかもしれない
それが間違いだと思い、ポールは立ち向かった。その結果としてマルコを死なせたのだとしたら、やはりこの世界に正義はないのかもしれない
それでも、そのただの幻想に過ぎない理想の為に命を削ること。それを人は「生きる」と呼ぶのではないのだろうか
救いの手を差し伸べられるか?
本当にきつい現実がここにはあって、誰が悪いとかそういう話じゃないような気もして、、、
時代が追いついてなかったような気がする。
同性愛者のカップルが薬物中毒者の息子に愛を注ぐ話です。映画にハッピーエンドを求めてしまうが故にバスタオル一枚ぐらい必要な量の涙が出ます。
誰かを助けてあげられるような心に余裕を持っていたら、助けてあげられなくても認める言葉をかけてあげていたら報われたかもしれない。
もっともっと寄り添ってほしかった!!!
やるせ無い気持ちがどんどん溢れてきます。
ルールは大事だけどそれが全てではないと思うのに譲れない気持ちを持つ人はたくさんいますよね、、
でもその気持ちもわかる気がするし、、
んー、、、とにかくみんなに観てほしい!
人生で一度は観ておいて損はない作品だと心から思いますので是非観てみてください!
(もし心無い表現をしていたらすみません💦映画の内容にを完結にまとめるのは難しいですね、、)
全365件中、1~20件目を表示











