トランセンデンス : 映画評論・批評
2014年6月24日更新
2014年6月28日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
“超越”したジョニー・デップが神となり暴走する近未来SFスリラー
思えば、ジョニー・デップが純然たる素顔で大作に出演するのは久々のこと。しかしその貴重な時間も決して長くは続かない。というのも彼は早々に人間界に別れを告げ、デジタル界の住人として己の顔をモニター上に固定化させてしまうからだ。そうした意味では今回の“素顔”という選択肢もまた、彼にとっての仮面、あるいはメーキャップに等しいのかもしれない。
ことの発端は主人公ウィルと妻イヴリンが取り組む人工知能の研究だった。ある日、その成果を敵視する反テクノロジー組織がウィルを襲撃。致命傷を負った彼を救おうと、妻は夫の頭脳をコンピューターにインストールすることを決意する。実験は大成功。だがサイバー空間に身を投じたウィルは、いつしか全能の力を手にし、人類の脅威となっていく−−。
手掛けたのはクリストファー・ノーラン作品の撮影監督として知られるウォーリー・フィスター。これが監督デビュー作なだけに正直なところ演出に鋭利さが欠ける点は否めない。せっかくの豪華キャストを活かしきれていないのも残念。だが決して悪いところばかりではない。注目すべきはむしろディテールよりも大局的な部分。彼は超越(トランセンデンス)した主人公が神となり特殊な文明を織り成していく過程を丹念に描いてみせるのだ。
とりわけ荒廃した街が爆発的な発展を遂げる様は面白い。科学者夫婦がそこに産業を興すと、やがて小さな奇跡が起こり、人が次々と巡礼に訪れるようになる。人口が増える。街が活気づく。そしていつしかこの聖地を守るための武装化が始まる。おそらく人類は、太古の昔よりこれと同じ栄枯盛衰を幾度となく繰り返してきたのだろう。そういった文明論をリアルに意識させてくれるフィスターの硬派な力量はあながち捨てたものではない。
また、癖のある役の多いポール・ベタニーが予想外のナイスな役柄で起用されているのも嬉しいところ。彼があんな精悍さを持ち合わせていたなんて。役名の“マックス”さながらに、本作の純度を最大限に高めてくれた功労者のように思うのは私だけだろうか。
(牛津厚信)