劇場公開日 2014年6月28日

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her 世界でひとつの彼女 : 映画評論・批評

2014年6月24日更新

2014年6月28日より新宿ピカデリーほかにてロードショー

SF的想像力を通じて愛する他者の喪失を描いた、美しく繊細な作品

「ときおり僕は、自分が一生のうちで味わうべき感情をすべて経験し尽くしていて、もう新しい感情は得られないのではないかと思う」と、主人公の男性セオドアは言う。観客はその言葉を、自分自身に置き換えざるをえない。人を愛する気持ちは、いつか凍りつき、涸れてしまうのだろうか? スパイク・ジョーンズ監督の新作「her 世界でひとつの彼女」は、スタイリッシュな映像やSF的想像力を通じて他者の喪失を描いた、美しく繊細な作品である。

物語は、妻との別離によって精神的な痛手を負った主人公を描く。実際に経験してみて初めて、喪失がどれほどつらいかを思い知らされ唖然とするのは、誰しも同じだ。人とふれあい、関係を持つことには、大きなよろこびと同時に耐えがたい孤独と苦痛がともなう。その記憶が美しければ、より痛みは増していく。だからこそ、結婚生活に失敗した主人公が、自分の心が凍りついたように感じ、もう愛はこりごりだと立ちすくんでしまう気持ちがよく伝わるのだ。

なぜ私たちは、これほどに苦しみながらも他人を求めるのだろう? 劇中に登場する人工知能型OS(コンピュータ)との恋愛関係は、コミュニケーションの本質を抉るユニークなモチーフだ。観客はみな、どうして他者が必要なのかという身も蓋もない疑問を抱えながら、ただスクリーンを眺めるほかない。小型のイヤホンを耳に装着し、OSと楽しげに会話する主人公を見ながら、たくさんの人が「これは私自身の姿ではないか」と感じるはずだ。

スパイク・ジョーンズの元妻であるソフィア・コッポラは、夫と共に訪れた東京で、ひとり置き去りにされた体験をもとに「ロスト・イン・トランスレーション」(03)を撮った。本作は、そのアンサーにも見える。主人公の抱えた心の傷の深さだけではなく、かつてパートナーであった女性への真摯な感謝にも満ちたこの物語は、まるで、ふたりの映画監督のあいだで交わされるパーソナルな手紙のようであり、見る者の心を打つのだ。

(伊藤聡)

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