アクト・オブ・キリングのレビュー・感想・評価

アクト・オブ・キリング

劇場公開日 2014年4月12日
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麻痺

期待していたような内容じゃなかったけど、そういう考え方自体の罪深さを反省させられました。

いっちゃん
いっちゃんさん / 2018年7月9日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  怖い 知的
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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これはすごい。なんてこった…

これはすごい。なんてこった…

まるぼに
まるぼにさん / 2018年3月13日 / PCから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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法で裁かれるよりも苦しい罰 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

自分がアメリカ映画や音楽を平和の象徴として愛してきた若者だったので、主人公たちのように、欧米のエンターテイメントを規制し、国民が貧困にあえぐような政策をする共産主義撲滅のための人殺しを、「人民を解放するために必要なことだ」と正当化することなど、簡単に出来てしまったのではないかと思った。虐殺の様子の演技は稚拙でバカバカしいのだが、それでも段々と上手になって行き、上手くなればなるほど本人たちが自分の行動を正当化できなくなっていく様が非常に興味深かった。この人たちは殺人を法律で裁かれることはなかったが、死ぬまで罪の意識にさいなまれるのは、法で裁かれるより辛い罰だと思った。

GreenT
GreenTさん / 2018年3月10日 / PCから投稿
  • 評価: -
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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罪と罰

1960年代のインドネシアで起きた独裁政権による大虐殺。
それも恐ろしいが、もっと恐ろしいのは、関与した者たちが何も罰せられず、お天道様の下をノウノウと歩いている事だ。
日本で言うならば、殺人も平気で行う凶悪ヤクザ一味が政治のトップに居るようなもの。
映画は、彼ら主演で当時の再現映画を撮るという名目で密着しているのだが…
彼らには罪の意識は微塵も無い。
それ所か、自分たちを英雄と思い、虐殺も英雄行為。
誇らしげに語る姿を見よ!
醜悪極まりない。
再現演技は愚の骨頂。
どんな理由であれ…と言うより、殺人は必ず罰せられなければならない。大虐殺など問答無用。
ラストの“吐き気”は、多少でも罪の意識を感じたなど擁護出来るもんじゃない。
罪に押し潰され、苦しめ。

近大
近大さん / 2017年7月14日 / スマートフォンから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  怖い 知的
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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カストロやゲバラのように・・・

古今東西、このような暴政者、悪政者は数多くいた。
カストロやゲバラのように血の粛清を繰返したにもかかわらず、
英雄のまま伝説として残るのは稀で、基本的には必ずツケがまわってくる。
本人自体に?子孫に?国家に?歴史に?

この出演者達も同じだ。
時代場所に拘らず、人間は誰でもこうなる可能性があるということ。
(道徳、教養、常識、愛情なんて無力だ!)

10年ほど前にも、テーマは似ているドキュメンタリー作品があった。
『S21 クメール・ルージュの虐殺者たち 』
虐殺のアクトを演じさせるのは同じ手法。
こちらの虐殺者は10代の子供たちなので陰鬱度は高い。

この手の作品を命がけで製作した方々には、ホントに頭が下がります。

自分も含めて、傍観者や観察者、学問として捉えたい輩、
単に奇人変人や悲惨な出来事を欲する観客に向けて、
この殺害行為に対して、どういうアクトをするか?

Act of killing
[この殺害行為に対して、あるいは身の回りで起きている事に、どんなアクトをしてますか?]
と、勝手に副題をつけてやった・・・・ら吐き気がしてき・た・・オエッ!

蛇足軒瞬平太
蛇足軒瞬平太さん / 2017年4月25日 / PCから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  悲しい 怖い
  • 鑑賞方法:-
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知らなかった史実

インドネシアが大量虐殺してたなんて
全く知らなかった、無知すぎた

バリ旅行を楽しんだり
テクノ的なエスニック音楽聴いたり
してたのに、赤狩りには全く知識なく。

当時の日本も当然知っていたはずで
黙認してたのだろう

isukee
isukeeさん / 2016年6月17日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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正義面した映画製作者と観客が一番怖かった ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

この映画を一言で言い表すと「グロテスク」。
映像も分かりやすくグロテスクだし、社会や人の闇の部分をこれでもかと突きつけてくる様もグロテスク。

その衝撃により観るものに虐殺行為に対する嫌悪を呼び起こし、50年前の出来事を告発する映画とも言える。

また、人の行為の善悪は時と場所により相対化されるが、相対化されない・普遍的な感性が人間の中にある、ということを訴えている映画とも言える。

そんなことを思いつつ観進めるが、終盤に行くにつれ、この映画の撮影自体がグロテスクだと感じられるようになった。

それは、加害者と被害者の、昇華させることのできないトラウマをえぐりだす行為であった。

映画では最後に、とってつけ感に満ちた天国的なシーンで無理やり昇華された形になっている。
だが、現実の演者は救われないままだ。

ドキュメンタリー制作側は、こうなることは分かっていたやったはず。
そのことが、演者の表情を見ていると、グロテスクなまでに残酷な行為に思えてきた。

制作側は、自らの属する社会通俗的な"善"を紋所を携え、映画化・ドキュメンタリー化という行為を通して、罪人を裁いているかのように見える。
罪を自覚させる場所に追い込んでゆく、一見ソフトな方法によって。

しかし、それは、まさにインドネシアで虐殺者のやったことと同じではないのか。
どちらも無自覚なサディズムではないのか。

「共産主義者だから残虐行為をしてもよい」と「残虐行為者だから精神的に追い詰めてもよい」は限りなく相似だと感じた。
(悪いことをした人やその仲間は報復されてもしょうがないというような考え方は我々が憎んでいるテロの論理そのものではないか?)

もしそのことに製作者が無自覚で、観た者も無自覚であったら、それが一番怖い…などと考えはじめてしまったことで、映画の後味がよくなくなってしまった。

でも、後味の悪さは映画の悪さではない。
観る価値のある映画だと思う。
こんな映画は、もしかしたら生まれなかったほうがよかったのかもしれないが、できてしまったからには観ておいたほうがよい映画だと思う。

doronjo
doronjoさん / 2016年3月26日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  怖い 難しい
  • 鑑賞方法:映画館
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これはすごい。なんてこった…

これはすごい。なんてこった…

まるこ
まるこさん / 2015年10月4日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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最後に引き起こされた化学反応がすごかった

過去の惨禍の加害者が、現代に至って当時の被害者役となりその惨禍の歴史を再現する映画を撮ろうとする、何とも理解しがたい男たちのお話。
インドネシアではこうも当たり前にコミュニストが差別されているのかと驚くばかりで、悪乗りで大衆の前でコミュニストを虐殺するシーンを寸劇再現しても、罵倒や批判というものは皆無で、むしろ大いに盛り上がっていることに驚きを隠せない。これこそが過去の惨禍が残したものといっても過言ではあるまい。
虐殺の劇中劇が数多く展開され、見ているこちらも半ばうんざりするほどに呆れてしまうのではあるが、演技であるはずのそのシーンが、演じているのが過去の当事者であるからなのか、不思議なリアリティーを持つ瞬間が多々あった。それは単に事実を語るインタビューやドキュメント、あるいは下手な再現映像なんかよりもずっと身につまされるものがあった。単なる記録ではなく、起こってしまった出来事が確実に存在するといった感じだ。
劇中劇がすすむにつれて、そこで演じている惨禍の加害者の心境が徐々に変化していくさまが目に見えてくる。そしてそれがラストの思いも寄らぬ化学反応へと繋がってゆくのだが、その結果を自分は決して肯定的に捉えることができなかった。映画終盤で涙しそうになったときも、決して泣くべきではないとその瞬間の感情を打ち消してまったほどである。
これが次のルック・オブ・サイレンスに繋がっていったことがよく分かった。
アクト・オブ・キリングとルック・オブ・サイレンスをセットで見て良かった…かどうか分からないくらいにこの題材の根は深すぎる。

SH
SHさん / 2015年7月7日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  -
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価値観の共有が大事

いくら道徳が大事だと言っても、その価値観が共有されていなかったら、無力だ。それぞれの人々がその日その日をどのように生き延びるか考えて行動しているという、当たり前のことを、考えさせられた。

自分だけが幸せではなく、自分の周りだけが幸せでもなくみんなが幸せになるために先人が築いてきた道徳や慣習を守っていくことが価値観を共有できる最良な方法だ。

そうすれば、インドネシアのような悲しい状況を作らずに済むのではないか。

か~さ
か~ささん / 2015年7月4日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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頭がちゃんと理解しようとするのを拒否する

最近、虐殺された方の視点から撮ったやつも公開されたと聞いたので、そっちもみてみたいが…やっぱりキツいかな

e
eさん / 2015年6月29日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  怖い
  • 鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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観るべき映画

こんなドキュメンタリーは見たことない。
虐殺の加害者が当時の殺し方を紹介しつつ再現ドラマを撮影していく過程を追っていく、なんて、こんな映画がよく撮れたものだと思う。
加害者が自慢げに語る過去話も、彼らにとっては罪悪感の裏返しなのだろう。それは彼らも自覚しているのだが、やはりどこか僕らの感覚とは違う。自分のやったことをあそこまで再現しようという気持ちが全く理解できないのだ。彼らはおかしくなっているのである。明らかに。
最後には被害者について、一つ思うところがあるが、どこか自分が神によって裁かれるのでは、という恐怖からきているもので、心からの謝罪のような感覚ではないように感じた。
とはいえ、この映画では、彼ら個人を浮き彫りにしつつも、それだけではなく、過去の、人間の歴史についても語っているように思う。ドイツだって、日本だって、アメリカだって、残虐なことをしてきたのだ。これは普遍的な人間の弱さとして捉えていくべきことであるも思う。そういう意味で全ての人間はこれを見るべきである。

夢見る電気羊
夢見る電気羊さん / 2015年5月16日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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こわすぎる

人間が一歩まちがえればいかに恐ろしい生き物かと思い知らされましたが、ラストシーンで、まさかの「音」を聞き、未体験の震えが起きました。
現代というものが、惨酷な過去と地続きである中で、過ちを犯さぬよう生きていきたいと思いました。

アリンコ
アリンコさん / 2015年4月5日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  -
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この映画は二度と撮影できない ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

1960年代にインドネシアで起きたクーデターで起こった虐殺で、実行者として大きく関わっていた男の話。実行者本人を起用し、当時を再現した映画撮影を行っていくのだが、撮影を進めていくうちに男は途方もない後悔の念を抱くことになる。

男は日本でいえばヤクザのような存在。
皆から恐れられ、取り巻きから尊敬され、誰も否定をしない。

男は当時の出来事を嬉々として語り、ここで殺した、こうやって殺したという話を誇りを持ってカメラに語り、こうした方がリアルだ、こうやって苦しむんだという演技指導を繰り返す。

ところが虐殺のシーンを繰り返し撮影していくうちに、男は押し黙る時間が増えていく。

印象的な村民虐殺のシーン。一般エキストラを雇い映画撮影を行うが、当時を思い出し足腰の立たなくなる老人が居たり、父母の危機を感じ本気で号泣する子供がいる。

男は初めて自分の行った事を後悔する。

この映画の冒頭シーンで男が嬉々として語っていた建物の屋上に場面が移り、男はその場で嘔吐する。

最後、男は編集された映画を見るが、虐殺シーンでは目を背け、滝を背景にした踊りのシーンでは「良い場面だ」と言う。

男の誇らしげであり嬉々とした態度からその後の吐き気を催す後悔という瞬間を撮影したものとして、この映画は唯一無二となるだろう。この男は二度と撮影は受けないだろうし、受けたとしても二度と同じ反応は示さない。

この映画はもう二度と撮影できない。

nok0712
nok0712さん / 2015年3月15日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  悲しい 難しい
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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ドキュメンタリーなのにオチがあり,ちゃんと映画になってる

ドキュメンタリーなのにちゃんと落ちがある.この話に対して重要ではないけれど映画になってるだけでなく(不謹慎ながら)面白い.しかも虐殺を実施した側が喜々として再現するとかある意味ミラクル

ykono
ykonoさん / 2015年2月1日 / PCから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  怖い
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暴力肯定のために与えられた歪んだ正義 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

1965年9月30日、インドネシアで起きたクーデター未遂を鎮圧したスハルト少将。後にスハルトが大統領にまで上り詰めるが、その過程で、クーデターの黒幕は共産党だと断定され、共産党の関係者、労働組合員、中国人など100万人以上が殺害された。しかし、こうした虐殺について国内で批判される事はなく、むしろ虐殺の実行者たちは、インドネシア国内で成功者・実力者となっており、賞讃さえされていた。この虐殺事件の真相に迫るドキュメンタリー映画が本作である。

本作が、虐殺の実行者たち自らの撮影などによって展開される事に驚きがある。このリアリティは、まるで87年の『ゆきゆきて、神軍』の迫力を彷彿とさせる。
殺人=暴力を肯定するために実行者たちには「社会正義のために」という理屈が与えられる。虐殺の実行者たちは、共産主義を迫害することが正義であるという大義名分によって、虐待から数十年を経た今でも、自らの行動が正しかったと主張する。
しかし、本当に権力を得ている人間、実行者を陰で操っていた人間たちは、その歪められた理屈の危うさを理解している。途中、副大臣が撮影現場で「今のシーンは我々のイメージを悪くする」と指摘しているが、彼らは虐殺が国際的に非難される事がよく理解できているのだ。
主人公は若い頃からハリウッド映画が好きだった。そうした素養があったからこそ、映画の展開が進み、当時の虐殺を正面から見つめ直して行くうちに、自己嫌悪に陥っていく。しかし、それが理解できない仲間達……。社会の脆さがここに表されている。

登場人物たちの歪められた正義は、しかし他人事ではない。
彼らは「アメリカはイラク戦争のとき、『大量破壊兵器がある』と嘘をついてイラクを攻撃した。しかしそんな事実はなかった。戦争の勝利者が正義を決める」と指摘する。
アメリカも、インドネシア政府を支持し続けてきた日本も、けっして対岸の火事の他人事として片付けてはいけない事を本作は我々に突き付ける。

CRAFT BOX
CRAFT BOXさん / 2015年1月8日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  難しい
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翻弄されるもののサダメ

時代に翻弄された人物が過去を省みて、自分のやった行いを映画化していくうちに自らの行為を見つめなおす。
ということを映画監督にさせられている一人の男の物語。

映画が持っている力は独裁政権下の虐殺を実行した人物にも働くのかと思いました。

アンダーソンくん
アンダーソンくんさん / 2014年11月11日 / PCから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  悲しい 怖い 難しい
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悪の生まれる条件 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

 この長尺の映画が伝えようとしていることは、案外にシンプルなものなのではないか?悪人とは、もともと悪人として生まれ育つのではない。彼を取り巻く環境や、彼にのしかかる権力の重圧。そうした諸条件によって、人は変哲のない善人から、歴史に名を刻むこととなる悪人にも変わるのである。
 ドキュメンタリーの中心的な存在であるアンワル・コンゴ。彼は、当時1000人以上を殺害した加害者である。しかし、このドキュメンタリーの中で制作される映画では被害者を演じると、単なる芝居を超えた怯え、疲労困憊の表情を隠さない。しかも、彼はこのシーンをまだ自分の幼い孫たちに見せるのである。
 自分が拷問を受ける立場だったらどうだろうか。自分の肉親が非人道的な扱いを受けたあげくに命を奪われたらどう思うだろうか。この問いに対する答えを、アンワルは被害者の役を演じることで、自らの心の中に見つけることになる。
 もしも立場が逆だったら、自分の運命と相手を恨まずにいられるだろうか。自分の大切な人がそのような仕打ちを受けていたら、秩序や社会を信頼し、自分の未来を信じることが出来るだろうか。
 自分が手を下そうとしている相手への想像。この想像を忌避することが悪行を生み出す。人間をこの想像から遠ざけるもの、人間から想像力を奪い取るものの正体こそ権力ではなかろうか。そして、この権力次第で、人間は悪にも善にもなりうる。
 もちろんここでいう権力とは国家権力や暴力装置の権力に限られるものではない。人間の想像力を奪うもの、メディア、地域社会などのコミュニティなども含まれる。虐殺のない日本のような社会にも、メディアや雰囲気に想像力を奪われた人々が、他人の迷惑を顧みずに交差点を跋扈する光景が見られるではないか。

よしただ
よしたださん / 2014年10月22日 / PCから投稿
  • 評価: 2.5
  • 印象:  怖い 知的
  • 鑑賞方法:映画館
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英雄犯の哀れ。

真のグロテスクを映像だけでなく心理的に表現している作品。
大量虐殺を英雄気取りで語り演じる年寄り勢。自身の孫にまで
虐殺再現場面を見せる愚か者が自分の犯した罪にえずき出す。
今さら「かもしれない」では100万人の亡者が浮かばれないが、
国を挙げてあの持て囃しぶりでは、本人達が自分のしたことを
重罪だなんて思う筈がない。監督は初め被害者側を取材するも
当局に断られ今度は加害者側にカメラを向け彼らに演じさせた。
映画の反響によりついに政府が大虐殺を認めるに至ったという、
何ともな衝撃作だ。米映画を賞賛し意気揚々と針金を這わせる
主人公の行動が怖いというより滑稽すぎて行き過ぎメイクにも
笑いを禁じ得ない。我は正しいと信じる行動が物々しく哀れだ。

ハチコ
ハチコさん / 2014年10月11日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  笑える 悲しい 怖い
  • 鑑賞方法:映画館
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凄い内容だが ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

事前にレビューを見過ぎて
展開が分かってしまっている自分がいた←

映画的なエンターテインメントは期待してはいけない
ドキュメンタリーとしては超絶に優秀な作品
(制作されるはずだった彼等プレマンが「期待する映画」自体は、「この映画」では要所要所で少し映されるだけ)

翻訳が悪いのか、はたまたワザとなのか字幕の言葉を追ってくだけだと彼等プレマンが「本当にただのバカ」にしか見えない
(表現が悪く申し訳ない)
「俺たちは残酷だ」「自分達は強い」「力を誇示しないとしけない」「俺たちは悪くない」「国際法はアメリカだって反しているんだ、我々も従う理由はない」
知性の欠片も感じられない生き物にみえる
これが途上国か…
現代日本に生まれて良かったと心から思った

最高のシーンは、最後に制作された彼等の「期待する映画」のオープニングかエンディングが流れるシーン
滝の前で、殺された共産主義者の英霊(?)が首から針金の輪を外し、アンワルと握手をし
「処刑してくれてありがとう。
おかげで天国に旅立てました。
1000回お礼を言っても足りないです。」
みたいな事を言う
最高に胸くそ悪い、グロテスクなシーンだった

アベシインティライミ
アベシインティライミさん / 2014年9月9日 / スマートフォンから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  悲しい
  • 鑑賞方法:映画館
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