「ハッピーエンドではないよね。」それでも夜は明ける とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
ハッピーエンドではないよね。
邦題は、未来に向けての希望的観測?
ソロモンだけのことを考えれば、夜明けはきたのだろうけれど。
重い、重い話。
正直、また奴隷ものと気が重くもあり、それでも一人の人間として逃げてはいけないなんて義務感で鑑賞(何の義務感?)。
映画としては秀逸。
静かな、静かな、低音が響き渡るような映画。
映像に震える。
例えを上げたらキリがない。
蒸気船の外輪が回っている映像だけで、物語に引き込まれる。
これからどうなるのだと不安と映画への期待…。
すごい。
環境音も含めた音がすごく効果的。こんなに、自然の虫の声とかが、情緒を揺さぶるなんて。
そして、役者。
イジョフォー氏ってこんなに達者な演技をする役者だったっけ?
それまで拝見していたのは『2012』『オデッセイ』『風を捕まえた少年』。正直、おいしい役をやっているけれど、可もなく不可もなくという感じだった。
でも、この映画での演技と言ったら! 台詞もなく表情だけでやりきれなさを表現するシーン。”自由黒人”として、周りにも珍重され、自信満々の、人の好さと傲慢さをないまぜにしたふるまい。有能さを見せつけて、この境遇から抜け出そうとする野心的な、ちょっとジョンを小ばかにしているような表情から、後半、家畜化してきた表情。そして…。
なんて豊かなものを持っていらっしゃるのだろう。
イジョフォー氏が注目されるようになったきっかけの役である『オセロ』が観たくなった。
そして、ファスベンダー氏。
見事に悪役を演じて下さっている。
『危険なメソッド』くらいしか観たことがない。『危険なメソッド』は映画自体が切り込み方が足りなかったから、ファスベンダー氏がこんなにすごい役者だと気が付かなかった。
『大統領の執事の涙』でも、主人公セシルの母は、農園領主の息子に凌辱されて自死し、それに抗議した父はあっさり銃殺される。それを知った女農園主がセシルを逃がすというところから物語が始まり、衝撃を受けた。
でも、『大統領の執事の涙』の凌辱男と、この映画でファスベンダー氏が演じた男とは微妙に違う。エップスの、どこかに虚無感を抱え、それを必死にパッツイーに埋めてもらっているような様。そんな哀しみ・哀れさがにじみ出て…。でもだからってエップスのやったことは許されることではない。
敵役がはっきりしているから、こちらも感情移入しやすくなる。監督もよく、ここまでやらせたと思う。ファスベンダー氏を信頼されているのだろう。『マクベス』も観たくなった。
そして、ダノ氏。
小物感が最高!
『キング 罪の王』でも、中身がないくせに置かれた立場に酔ってえらいつもりの男を演じていらした。そんな印象だと思っていたら『ナイト&デイ』では物語のキーであるオタクの役。けっして笑わすための演技はしていないのに、『ナイト&デイ』のアクション・コメディに妙にはまっていて、ふり幅のある役者さんだなあとファンになったら、この映画でも、映画のアクセントをピリピリ効かせてくれる。ゾクゾクする。
ニョンゴさんは、『スターウォーズ フォースの覚醒』で拝見しているはずなのに、記憶にない。『フォースの覚醒』は、私にとっては番宣として流れた映像ぐらいしか記憶にないくらい、突っ込みまくりの映画だったから?
ニョンゴさん演じたパッツイーがいるからこそ、この映画があと引くものになった重要な役。
と、一人ひとりを挙げて称賛を送りたいくらい。
ただ、カンバーバッチ氏は、また似たような役だなあと思ったし、
ピット氏が出てきた時点で、展開が見えてしまって、興ざめ。ご本人が執筆したノンフィクションの体験記なのだから、結末はもともとネタバレなのだけれど、それに至る過程等も見どころなのだが。
バスの役は無名の役者を使った方が、ハラハラしたのに。もしくは、途中で出てきた元監察官をピット氏が演じたらおもしろかったのにと、惜しい。
とはいえ、これだけのアンサンブルを見事に映画にして見せた監督と編集の方に惜しみない賛辞を贈りたい。
映画の途中、他のレビューでも取り上げられているが、ソロモンがあわや首つり?というシーンが出てくる。
とても静かなシーン。で、長い。その前にも他の人の首つりのシーンは出てくるのだが、それよりもハラハラする。白人たちのふるまいもさながら、黒人たちのふるまいにもぞっとする強烈なシーン。
ただ、よく見ると、最初、黒人たちはドアを閉めて家の中に入って見ぬふりをする。関わりになりたくないとばかりに。今のようにやじ馬であふれかえることなんてない。そして時間がたち、それぞれの生活が再開されて…。そんな中で、一人だけ、周りをうかがいながら、ソロモンに水を飲ませてくれ、足早に立ち去る…。
いじめの構造と同じ。下手に助ければ、自己論理に狂った狂犬に目を付けられ、その牙がこちらに向かってくる。雇用主として、解雇すれば、雇用主を恨み、きっと仲間と一緒に家族を襲撃するだろうし、上司にだって何するかはわからない(飛び道具は怖い)。ましてや黒人なら…。へたに助けた結果の顛末はエップスの家でも起こっていたし。
まずは自分の身を守ることが大切。
半面、ソロモン氏が生還できたのは、知らんぷりしなかった、元同僚の行動があってこそ。
普段の人間関係が大切と五臓六腑に染み渡った。
とはいえ、ソロモンが生還してめでたしではなく、
パッツイーたちが残る。
だから、鑑賞後の後味が今一つよくない。
この映画は”奴隷”の記録でもあるが、同時に今なお続く、自分が成し遂げたいことのために何を犠牲に出るかという生き様と、人間関係の話なのだと思った。