さいはてにて やさしい香りと待ちながら : 映画評論・批評
2015年2月24日更新
2015年2月28日よりロードショー
能登の海辺で、ダメ男との訣別を果たす女たちの凛とした叙情
昨年からテレビや映画や少女漫画において熱い売り言葉として席巻している「壁ドン」「床ドン」現象に辟易している方にぜひ、本作をお奨めしたい。ツンデレ王子に都合よく押し倒されたいという、受け身女子の依存願望が炸裂する「壁ドン」現象と、この作品の立ち位置は真逆。ダメ男への甘い感傷に決別する自立をテーマとしていて、その凛とした厳しさが観ていて気持ちいい。
この「ダメ男」という設定も、幼少期に別れたきりの父親となっていてひねりが効いている。永作博美演じる主人公の岬は行方不明中の父の借金を負い、彼の唯一の財産である北陸の荒れ果てた船小屋を受け継ぐ。映画は彼女がこの小屋を住居兼コーヒーの焙煎喫茶店として生まれ変わらせていく過程を見せていくのだが、彼女演じる岬が夕陽で染め上げられピンク色の海を自分一人の絶景として小屋から眺める場面だけで、この映画を見る価値はあると言っていい。慣れた手つきで豆を選別し、小さな身体で大きな焙煎機を使いこなす永作博美の一連の動きも美しい。
もうひとつ、本作を面白くさせているのは佐々木希の演じる山崎絵里子の存在だ。中卒で2児を抱えるシングルマザーのやさぐれ具合をちゃんと体温が通った女として演じている。家の前に越してきた岬の暮らしを盗み見ることで、自分との境遇に苛立ち、だからこそ忌み嫌う。幼い2人の子どもたちが好奇心で岬に近づいていくのも許せない。子役2人の自然な演技も相まって、立場の違う女性2人の間に生じる緊張した感情のやり取りが面白い。その才を請われ、東映でメガホンをとった台湾の女性監督・姜秀瓊(チアン・ショウチョン)の演出の力が感じ取れ、こういうドラマをもっと日本映画で見たいと思う。
ひとつ難を言えば、後半、岬の焙煎小屋で働くある女性が給料袋を前に発する「こんなに(多い)?」の台詞。その一言で語られない岬の背景は「大金持ち?」という変な想像が介入し、以後、彼女がメアリー・ポピンズに見えて困った。監督は日本語がわからないので、しょうがないのかもしれないが、繊細な演出を積み重ねているだけに惜しい。とはいえ映画全体を損なうわけではなく、舞台となった能登半島へいつか行ってみたい。
(金原由佳)