「芸の極み。研ぎ澄まされながらも、華があり、力強さ、格好良さに酔う。」シネマ歌舞伎 新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
芸の極み。研ぎ澄まされながらも、華があり、力強さ、格好良さに酔う。
ザ・歌舞伎!
一度は鑑賞してみることをお勧めします。
起承転結のメリハリある舞踏劇。堅苦しくなく楽しめます。
起:正月のおめでたい宴会の席で、日頃踊りが上手だと噂の娘に、上司から踊るように命令が!(え?パワハラ?)
承:はじめは恥じらっていた娘も、もともと好きで得意とする踊り。だんだん興が乗ってきて…。
転:獅子の精が、その娘の踊りに誘われて、娘に乗り移り…
(獅子の精に連れ去られて、一度舞台を退場)
結:獅子の姿になって再登場。蝶の精と踊り戯れる。(宴会はどうなったのかというオチも気にならなくなるほど、圧巻。へたに現世に戻さないでって感じ)
アニメの世界にも通じる楽しさ、華やかさ。単純さ。
もちろん、演じる方にとっては、娘役と勇壮な獅子の役をやらなければいけない、かなりの技量が問われる演目。
それを、かの、亡き勘三郎さんが踊ります!!!
こういうのを、ライブで堪能したかったら、ケチって歌舞伎座の4階なんてもったいないです。頭しか見えないもの。音曲とか、声の技を堪能するには4階席は良いですが。
一世一代の渾身の芸。この芸ならば、この為に節約して、大枚払っても惜しくないと思わされます。
映画として残っていてよかったと思うと同時に、ライブでは鑑賞できなくなってしまったことが、身を切られるように残念です。
ご冥福をお祈りいたします。合掌。
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世話物・時代物等ある歌舞伎の中でも、舞踏劇に位置付けられる作品。
通し狂言ではなく、ハイライト(作品中人気の高い場面)を集めて三部構成で演目を組む場合、ハードな人情劇の口直し的な意味合い?で真ん中に持ってこられることが多い舞踏劇。口直し的と書いたけど、『春興鏡獅子』だけではなく、どの舞踏劇も華やかで、「これぞ!歌舞伎!」らしさが満載で、舞踊の技が誤魔化しなしで問われるので見応えあります。
この演目では、唄い方が台詞を唄っているので、聞きながら、踊り・所作を観ると面白いです。けっこう際どいこと言っていたりします(元は廓話を大奥に置き換えています)。けれど、聞き取れなくたって、踊りと囃子を堪能すれば十分です。日本語がわからない方にも良いのではないでしょうか。
作品の成り立ち、難しさは映画の冒頭で勘三郎氏が語って下さいます。
繰り返し書いてしまいますが、この演目の見どころは、前半女役やって後半男役をやるところ。10代の小娘から、獅子の精という勇壮な男役という振り幅!誰だ、こんなの考えたのは!と言いたくなってしまいます。それだけじゃない、『寄生獣』のミギ―のように、途中から体の一部に獅子が宿り自分の思惑と違うことをし出すのに対して娘は無駄な抵抗を試みます。パントマイムのような所作まであります。よほどの技量が無ければ務まらない役です。もう、おもいつく技のオンパレード!
正直、勘三郎氏は女形ではないからか前半の”小娘”はちょっと無理があるかしら。特にシネマ歌舞伎だとアップになるから。
『春興鏡獅子』ではないけれど、素顔は当時40代のおじさんだった女形の中村扇雀氏(現坂田藤十郎氏)が演じたお初は、前から2列目で見ても顔アップで見ても10代でした。女形もなさる尾上菊五郎氏(寺島しのぶさんのお父さん)も、素顔はおじさんだったけど、舞踏劇での小娘は初々しかった。菊五郎氏の娘の方が所作がたおやかだった。
でもやはり、勘三郎氏は梨園の御曹司。芸を極めることでも有名な方。その、踊りの綺麗なこと。大道芸人よろしくのアクロバティックな振りつけもあるのですが、観ているだけでもうっとりしてしまいます。
転じて、獅子の精になってからは圧巻。
アクロバットか体操選手かと言いたいような舞。着地もピタリと決まり、しかも息が上がっていない。
そこにたどたどしい、自分の踊りを踊るので精いっぱいのかわいらしい子役の蝶の精が絡みます。
囃子方もすごいです。
勘三郎氏が踊っている時は勘三郎氏に注目してしまって見過ごし(聞き過ごし)てしまいますが、子役と勘三郎氏が引っ込んだ後のセッション。三味線の独奏。あれだけの弦とバチでなんとういう妙技。早引き。叩きつけるような音。躍動感。ギターセッションのようでした。
そして続く、小鼓・大鼓・太鼓、横笛。間を外しても、音を間違えても、強さを間違えても全てが台無しになります。オーケストラのように指揮者がいるわけではなく、周りの人間との間合いをよんでの演奏。ジャズセッションをみているよう。観客はすでにこの曲を何べんも聴いていて知っている方が多い。うまいはずし方ならうまいアドリブ・工夫として受け入れられるでしょうが、へたにはずしたら…。客とも真剣勝負です。
そんな全ての人の力を結集した作品。
NHKの録画中継放送のように舞台をひたすら写した作品。演出的なひねりはありません。舞台と違うのは、小道具を渡す後見人とのやりとりを間近で見られること。舞台に上がっている人の表情を間近で見られること。
そんな役者同士の気迫も堪能できます。
シネマ歌舞伎の唯一の欠点は、上映中に拍手したくなっても躊躇してしまうことでしょうか。劇場で見るなら、大向こうからの掛け声も一興。あ、でもDVDで自宅鑑賞なら、止めてスタンディングオベーションしまくれるかも。
そんな至福の妙技の数々に酔いしれて下さい。