魔女の宅急便 : インタビュー
小芝風花にとって“宝物”になった尾野真千子の無自覚なアドバイス
10数年前、中学3年生でデビューを果たし、いまや日本の映画界に欠かせない存在となった女優は、自身のデビュー当時とほぼ同じ16歳の少女を見つめ、口を開いた。「この年齢だからこそ、この夢のある作品だからこそのキラキラしたものが彼女の姿から、彼女が発するセリフから感じられて、すごくきれいでした」。慈しみと少しばかりの寂寥が混じったこの発言の主は尾野真千子、映画は「魔女の宅急便」。そして、尾野の視線の先にいるのは、本作のキキ役で映画初出演にして主演を務めた小芝風花。撮影が行われた初夏の香川・小豆島で、誰より長い時間を共に過ごした2人が語り合った。(取材・文・写真/黒豆直樹)
角野栄子の名作児童文学を原作に、一人前の魔女になるために親元を離れて修行に出た少女キキの成長を描く。説明不要と言っても過言ではないほどに、日本人の多くに知られた作品である。言うまでもなくスタジオジブリの宮崎駿監督によるアニメ版の存在が大きい。巨大すぎる比較対象を持つ作品の実写版。当然、それを歓迎する声ばかりではなかった。しかも小芝にとっては初めての映画。不安やプレッシャーを感じないわけがない。それでも16歳は明るい笑顔を崩さない。自分自身に“魔法”をかけるように「大丈夫」と力強く語る。
「現場で、アニメのイメージが頭に浮かんでくることは正直、ありました。でも私はアニメのキキとは全然違う女の子で、あんなにかわいらしくないんで(笑)。そう考えると『私にしかできないキキを演じよう!』って」。最初は「合格できるなんて思わず、意識せずにオーディションに行った」というが、500人もの候補者たちの中からキキ役を射止めたときは、思わず号泣した。
「そのときは不安でしたよ。絶対に実写化してほしくないという方もいるし、原作やアニメの世界を壊さないで! と思っている方もいる。でもそこは考えるのをやめました。私じゃなくても賛否は絶対にある。それでもせっかく私を選んでくださったのだから、出来る限りのことをやれば大丈夫って(笑)。清水(崇)監督には『作り過ぎないで』と言われました。『僕が選んだのは小芝なんだから、形を決めすぎると誰がやっても同じキキになっちゃう』と。だから、自然な気持ちで現場にいました」。
尾野は、アニメ版にも登場するキキが修行先の島で出会うよき理解者で、夫とパン屋を切り盛りする妊婦のおソノを演じている。実写化の話に「マジで?」と驚き、その難しさを理解した上で、何ら迷うことなく魔法の世界へと飛び込んだ。「空を『飛ぶ』というひとつをとっても、どうやるんだろう? って思うし、CGも必要だし、アニメや想像の中にある『飛ぶ』というのとは違うんだろうとかいろいろあるけど、でもそんなのどうだっていいんですよ。大事なのは生だってこと。私たちのお芝居や表情、どれだけ楽しんで、どれくらい悲しんだか? それをしっかりと見てもらおうと思いました」。
普段から尾野はいわゆる“役作り”をしない。その中でも特に本作に関しては「何もせず、何も考えなかった」という。こちらがフォローしたくなるが、「いや、ホントに(笑)、なーんにも!」とあっけらかんと笑う。「特に今回は夢のある世界、ファンタジーを楽しみたかったんです。ミーハーな気持ちで、キキが空飛んだり、魔法を使う様子を楽しく見ていました」。そして、「何も考えなかった」のは現場での小芝とのコミュニケーションに関しても同じ。「このままの距離感で芝居して、話をして、いたずらして(笑)。『こうしてあげよう』とかそういうのは一切なく、何か聞かれたら答えるし、こんな芝居が来たら、それに対して応えるという感じで。要は、私は何もしていません(笑)」。
それでも、小芝にとっては尾野から掛けられた忘れられない言葉があった。小芝は大切な宝物を見せるかのような表情で明かしてくれた。「撮影中、周りのスタッフさんの目がすごく気になったことがあって、周りがみんな『キキってこんなんじゃないよ』と思っているんじゃないかとすごく不安でたまらなくなったんです。尾野さんに相談したら『みんながみんな、風花を見ているわけじゃないよ。照明さんは明かりをどうしたら一番いいか? 美術さんはテーブルの上のコップはいくつあったらいいか? ってそれぞれ自分の最高の仕事をしようとしているだけ。風花を少しでもよく見せようとみんな、動いているんだよ。風花の芝居がダメなら、監督が絶対に言うから、気にしないでやりなさい』って。そう言われた瞬間、自分の中で吹っ切れたんです」。
素晴らしいエピソードだが、やはりと言うべきか、尾野は「全く覚えてない(苦笑)」という。言った当人が覚えていないからこそ、素晴らしいエピソードなのかもしれない。ひとつ、キキとおソノのシーンで、印象深い場面がある。魔法の力を失いかけたキキが、魔女を廃業しようと思うとおソノに告げる。おソノは、叱咤するでも励ますでもなく、キキの言葉をそのまま優しく受け止め、大きなお腹をさすりながら言う。「元気で生まれてきてくれさえすればいい」と。新たな命を宿した人間だからこその思いの詰まった、今回の実写版ならではと言えるシーン。尾野によれば「監督が、自分の経験を元に、セリフを加えたらしい」とか。尾野は「何もしなかった」と言いつつ、腹部に詰め物をして妊婦としてキキと接した時間を「楽しかったですねえ」と振り返り、ポツリとつぶやく。「自然とね、おソノさんのような視点になっちゃうんですよ、現場で風花を見ていると」。
尾野の小芝への愛が“母性”だとしたら、小芝の尾野を見つめる瞳は尊敬と憧れに満ちている。「どんな役でもどんと来い! と言える女優になりたい」と女優としての理想を語り、付け加える。「私もいつまでも気さくで、まだ芸能界に入ったばかりの子にも気配りができる、思いやりのある女性になりたいです!」。そんな小芝を尾野は眩しそうに受け止める。「いまの時期にしかない輝き」――その自分の言葉を覆すように最後にこう語った。
「確かに私も年齢を重ねて、朝ドラ(NHKの朝の連続ドラマ『カーネーション』)もやって、周りの反応は変わったし、仕事の量も変わったかもしれないけど、でも大事なことは変わりたくないと思っています。素の自分――10代の頃に大事にしていた気持ちは持ち続けたい。いや、分からないうちに変わっちゃうところはあると思うけど、そのときは周りにいる家族やマネージャー、大切な人たちが引き戻してくれると思う。どんな役をやっても“中”にいる自分は変えたくない。私もずっとキラキラしていたいので(笑)」。2人の話を聞きながら、なぜか容姿からは想像できない“ど根性”という共通項が浮かんできた。