終戦のエンペラー : インタビュー
初音映莉子、しなやかなりし国際派ヒロインの心得
初音映莉子が、1999年の女優デビュー(ドラマ「ラビリンス」)から14度目の夏を迎えている。着実に、丁寧に役と対峙し、ヒロインに大抜てきされた「終戦のエンペラー」は、映画出演11本目にして記念碑的な作品となった。凛とした面持ちとは裏腹に、透明感のある声で吟味しながら言葉を紡ぎ出す初音が、ハリウッドデビュー作を振り返った。(取材・文/編集部、写真/本城典子)
初音が演じたのは、人気海外ドラマ「LOST」で知られるマシュー・フォックス扮するフェラーズ准将に日本の文化を伝えた架空の人物、アヤだ。戦前にアメリカへ留学しフェラーズと恋に落ちるが、何も告げずに帰国してしまうという役どころ。オーディションを受けたのは、2011年5月。正式に出演が決定する9月下旬までの4カ月強、英語のトレーニングに果敢に取り組んでいった。
「セリフは英語ですけれど、心は日本人ですから。日本人の気持ちで話さなければいけないし、英語がどんなに上手に話せても、気持ちが入っていなければお芝居じゃないと私は思うんです。気持ちで英語を話す。そこにたどり着くまで、すごく苦労しましたね」
今作は第二次世界大戦終結後、アメリカが日本を占領統治していた時代に焦点を当てた初めてのハリウッド映画になる。1945年8月30日、マッカーサー元帥率いるGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が厚木基地に上陸したことは、日本国民ならば誰もが知る周知の事実。そのなかで、マッカーサーは部下のフェラーズに「この戦争の真の意味での責任者を探せ」という極秘調査を命じる。
困難な任務に取り組むフェラーズの心の支えになったのが、アヤの存在であり、アヤと過ごした追憶にある。話は5年前にさかのぼり、任務で来日したフェラーズがアヤを訪ねるシーンを映し出す。「日本兵の心理」という論文執筆に行き詰まるフェラーズに、アヤはおじの鹿島大将(西田敏行)を紹介。鹿島は、日本人の心理や天皇陛下への格別な忠誠心について教え諭すという背景がある。
マッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)やフェラーズ准将をはじめ、東條英機(火野正平)、近衛文麿(中村雅俊)、関屋貞三郎(故夏八木勲さん)、木戸幸一(伊武雅刀)ら、多くの登場人物は実在の人物である一方、初音扮するアヤは架空の人物。役作りをするうえで、奈良橋陽子プロデューサーからのアドバイスが初音の心の琴線に大きく触れることになる。
「奈良橋さんからうかがったのですが、アヤは架空の人物ですが、実際にモデルになった方はおられるんです。その方のイメージをもっともっとふくらませて出来上がったのが、アヤ。その方は、アヤとは全く別の人生を歩んでいらっしゃったわけですが、私は彼女のことを考えたり、どんな風景を見たんだろう……とか、当時を生きた人々に思いをめぐらせながら演じました。映画の中で、フェラーズは思い出の中でアヤと会っていましたが、私はアヤがひとりで日本にいても記憶の中でフェラーズと会っていたんじゃないかと感じているんです」
初音は、今作のメガホンをとったピーター・ウェーバー監督(「真珠の耳飾りの少女」「ハンニバル・ライジング」)の演出について「ものすごくビジョンが明確な方ですね。役者の変化を撮っていくわけですが、まず自分のビジョンに近いものを欲しがるんです。編集がすごく好きな方でしたから、撮影後のことを考えながら撮っていたのかもしれませんね」と話す。とはいえ細かい演出をするタイプではなく、初音の感性に信頼を置いていたそうで「私とマシューのシーンでは、2人の呼吸をすごく尊重してくれました。私たちの立っているところへ、そーっと申し訳なさそうにやってきて『こうしてほしい』とさりげなく伝えると、ババババッとモニター前に戻ってスタートする方でした」と笑う。
「ノルウェイの森」でトラン・アン・ユン監督の現場を経験しており、世界的な名声を得ている2人の監督の共通点を聞いてみた。「おふたりとも、日本の美意識に対して日本人以上に繊細に反応してくださいましたね。日本人を理解しようとする気持ち、歩み寄ろうとする気持ちが感じられる。自分も映画の中で呼吸をするように撮る方なのかなあとおもいました」。
芸能界デビューから15年、女優デビューからは14年の月日が経とうとしている。初音にとって、20代最後の2カ月間を今作の撮影に捧げたことになる。言葉にすることができないほど多くのものを得たといい、「強くて、しなやかで、謙虚で、たくましいアヤという人に、私自身も教わった部分がすごくあったんです。30歳になるに際して、日本人女性としてどう生きていくかということ、当時と今では時代が違いますが、それでも変わらないことや変えたくないことってありますよね。人のことを思う気持ち、願う力の強さについて教わった気がします」と語った。
さらに、「日本人らしさとは何だろう? と考えるようになりました。この作品の時代を生きた人々は、現代よりも情報が少ないなかで、今を生きる人々以上に人を愛する気持ち、願いといったものに関して、たくましくて揺らがないものを持っていたと感じています」と思いを馳せる。その姿は、どこまでも“しなやか”という表現が当てはまる。それでも初音本人に浮ついた部分は一切なく、「もっともっとしなやかな女性になれるように生きたい。日本人らしさをもっともっと磨きたい。俳優として、ひとりの人間として、懐の深い、心の広い人になりたいですね」と真摯な眼差(まなざ)しをこちらに向けた。