皇帝と公爵 : 映画評論・批評
2013年12月24日更新
2013年12月28日よりシネスイッチ銀座ほかにてロードショー
ばらばらな個の空しさの感覚こそが戦場のリアルと見すえた戦争大作
2011年夏に逝ったラウル・ルイスに捧げられた大作は、鬼才の未亡人でルイス映画の長年の編集者、監督としての実績もあるバレリア・サルミエントのメガホンの下、新たな命を輝かせる。
追悼の一作にはナポレオン軍のポルトガル侵攻を阻む英国軍ウェリントン将軍を余裕できめるジョン・マルコビッチ以下、メルビル・プポー、カトリーヌ・ドヌーブ等々、ゆかりのスターが顔を揃え、大歌舞伎の華やかさを思わせもする。そういえばルイスの「ミステリーズ 運命のリスボン」も、めぐる因果と奇っ怪かつ超リアリズムなドラマの肌触りで歌舞伎に通じるものを感じさせた。ただしサルミエントの場合はもう少し現実に寄り添って戦場の物語を紡ぐ。ルイス映画の奇妙な感触は忘れた頃にぽそりと踏襲する程度にとどめる(紛れ込んだ屋敷で自身の過去に踏み入る負傷兵。キリストの蘇り然とした孤児)。
興味深いのは戦場画家を従え広報活動にかまけている将軍も、男装の愛人を引き連れた元帥も、戦闘場面もさっさと脇に追いやって映画が名もなき民の物語に的を絞る様、その選択の迷いなさだ。前線の下級兵士や避難民、ピカレスクな牧師や詩人もどき、土木作業にかつぎだされた農民父子、そうして監督自らルイスの原案に付加したという女性たち(病身の父と幼い弟のため結婚を急ぐ令嬢の、しとやかな見かけを裏切るあけすけな性の意識。家族が退去した屋敷を気丈に守る老マダムに降りかかる悲劇。気のいい娼婦)――そんな個と個がうろうろと中心不在の戦場を往く。略奪、凌辱、数奇な出会いと別れ。それにも増してばらばらな個の空しさの感覚こそが戦場のリアルと見すえ直線の話術では語り切れない真実を一見ゆるい集団劇にあぶり出す監督の手腕、じわりと奥深い。
(川口敦子)