「大掛かりなアクションと核爆弾が目玉のいまどきのスパイ映画なんて、もう成り立たなくなってきているのだ!」エージェント:ライアン 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
大掛かりなアクションと核爆弾が目玉のいまどきのスパイ映画なんて、もう成り立たなくなってきているのだ!
トム・クランシー原作の人気スパイ小説の主人公ジャック・ライアンが活躍する作品は、これまでアレック・ボールドウィン、ハリソン・フォード、ベン・アフレックが演じてきました。記憶に残るのは「今そこにある危機」のハリソン・フォードです。でも、ベン・アフレックもとても役に合っていると思います。
しかし、ケネス・ブラナー監督が今回狙ったのは、ジャック・ライアンが CIAに入りまえの原作より設定を若返らせた前日譚でした。今回はキャラクターを生かした映画オリジナルのストーリーです。そんな新生ジャック・ライアンに白羽矢が立ったのは、クリス・パイン。パインが、若さゆえの熱情と、婚約者を思う苦悩をにじませて好演しています。当初、「スター・トレック」のカーク役との差別化が懸念されましたが、今作では初心者のスパイ1年生をなんなくこなし、“新生ジャック・ライアン”にふさわしい活躍を見せたのではないでしょうか。
冒頭の任務ロシアに入った途端から始まる濃密なアクションシーンとスピード感に富んだ、とても楽しめる作品でした。
大掛かりなアクションと核爆弾が目玉のいまどきのスパイ映画なんて、もう成り立たなくなってきていると思いませんか?本作の魅力は、情報戦や世界経済の破綻を狙ったテロ行為といった、時宜にかなった内容が盛り込まれているところにあると思います。例えば007シリーズは、米ソ冷戦が終わった時点で、テロやスパイ活動の同期設定にリアルティをなくしてしまいました。そして、最新作ではスパイ活動機関の存在自体がやり玉に挙がっている始末です。
経済テロの阻止を目的としたのは、スパイ映画として斬新だし、説得力を強く感じました。そのためのジャック・ライアンというキャラクターは非常に独特で、ジェームス・ボンドをはじめとするほかのアクションヒーローとは大きく異なるキャラだと思います。非常に知的で、いろんな情報を処理する能力にたけていて、問題を解決し、ほかの人ができないことをやってのける処理能力に長けているのです。他の作品なら、脇役のサポートスタッフがこなしている業務を、さっと一人で分析し、解決しうる能力を持っているばかりでなく、さらに海兵隊出身であることから、接近戦でも負けないという点で、スパイ映画最強のエージェントというべきでしょう。
加えて、経済や情報戦といった知的なネタが仕込まれていわりに、専門用語が次々と出てきて分かりづらくなることはありませんでした。ジャーナリストの池上彰さんが字幕を監修したことで、複雑な世界情勢が分かりやすく“解説”されていることの効果も大き駆ったと思います。
伏線のストーリーで興味深いのは、ジャックと恋人のキャシーの関係です。患者と看護をする医者のタマゴという関係で知り合って恋に落ちたものの、ふたりはずっと同棲生活を送りながらも、なかなか結婚に踏み切れないでいました。ジャックがCIAの仕事をしていていて秘守義務のため、本当のことをキャッシーに知らせるわけにはいかないという負い目がそうさせているのかも知れません。そんなのどから出かかった言葉を言えない気持ちをジャックはいだいていたのでした。
ところが、スパイの現場まで何も知らない恋人が、のこのこやってくることは、スパイ映画でよくある話。そして、お決まり通りキャッシーは、ロシアまで訪ねてきたところを、チェレヴィンに誘拐されて、激しいカーチェイスの上で奪還されるというのもお決まりの話ですね。
ところが本作は、スパイ映画の掟破りをしたのでした。なんとキャッシーに本当のことを打ち明けて、情報活動に協力させてしまったのです。スパイ経験ゼロのキャッシーは、女好きのチェレヴィンを誘惑し、その間に彼のオフィスに潜入したジャックはまんまとチェレヴィンの経済テロ攻撃の全容を記録したデータを盗み出すことに成功するのです。
まぁそのあとで、チェレヴィンはキャッシーを誘拐してデータの奪還を図るわけですから、敵も然る者ではあります。でもスパイ初心者のジャックと初めてスパイ活動に関わることになったキャッシーはカップルで、立派なエージェントになってしまったのです。
スパイ映画で、こんな展開は今までなかったのではないでしょうか。
ブラナー監督は、チェレビン役もこなしていて、世界恐慌を企てるロシアの悪人を貫禄たっぷりに演じていました。単なるステレオタイプな悪役でなく、女に弱く、また不治の病を抱えていて哀愁を滲ませるという憎めないキャラでしたね。