「盛り上げるのが下手すぎる。」GODZILLA ゴジラ moviebuffさんの映画レビュー(感想・評価)
盛り上げるのが下手すぎる。
今回のハリウッド版ゴジラの予告(特に特報)が、終末観の漂う絶望的な雰囲気だったので、本編をかなり楽しみにしていた。
何しろ制作会社がバットマンをあれだけダークなシリーズとして再生させたレジェンダリーだし。
で、残念ながら、この映画にはそんな深みは全然ない。基本的にはただの「ディザスター・パニック映画」もの。しかも娯楽映画としても、この映画下手すぎないか?
恐らく、新人監督ギャレス・エドワーズが大抜擢されたのは、前作の「モンスター」で「CGクリエイター出身の割にはそこそこちゃんと人間ドラマが撮れる」という事を証明して見せたからだと思うのだけど、この映画では脚本が悪すぎるのか、全くそれが生かされていない。
とにかく最近のハリウッド大作にありがちな「絵が上手い」けど「話と演出がクソ」の典型みたいな作品になってしまっている。
ゴジラの登場シーンを先延ばし、先延ばしにし、覇気のない登場人物たちの会話が続く・・。そして誰も興味のない敵怪獣、「M.U.T.O」の秘密が徐々に明らかになる過程に1時間・・。
なんじゃこの映画のバランスは!??
インタビュー等によると、この監督がやりたかったのはスピルバーグの「ジョーズ」の演出らしい。つまりモンスターがその姿を現さず、姿がなかなか見えない事で恐怖が膨らむって演出ね。
いや、全然できてねーよ、それ!!!中盤でゴジラ一回完全に登場してるし!なんで一回登場してからまた「姿をほのめかす」みたいな演出してんの?みんなもうゴジラの大きさも姿も知ってるんですけど・・
絵作りに陰影がある方が「絵としてかっこいい」とか「想像力が掻き立てられる」っていうのはわかる。でもジョーズにしても、同じスピルバーグの「ジュラシックパーク」のスリラー映画的演出にしても、あれが成立するのは結局「人間が食われる」っていう根源的な恐怖があってこそ、シルエットが現れた時の「うわー、出たー!」につながるわけで。
そもそもゴジラの恐怖ってそういうものとは違うのでは?「津波・地震」のような、その圧倒的パワーに人間にはなすすべもないという恐怖こそゴジラにふさわしい。例えば「宇宙戦争」のトライポッドの登場シーンの様にに全てが破壊尽くされる「ああ、もうこの世の終わりだ・・。」みたいな、血の気の引くような感覚。ああいう恐怖だと思うけど。その意味ではまだ「クローバーフィールド」の方が的を得ていた気がする。
結局「恐怖の対象」としてゴジラを描けてないから、別に姿一部見えようが見えまいが、残念ながら演出の効果が全く出ていない。それなら「パシフィックリム」「キングコング」みたいなバトル路線でやればいいのに。中途半端なんですよ・・。
それにそのゴジラ初登場シーンだけど、展開が本当に下手。
たたみかけるアクション→盛り上がり最高潮でゴジラが遂に登場→バトルシーンをスキップ→はあ?
それは「焦らし」って呼ばないよ。ただ下手なだけでしょ・・。
観客の心理が全然わかってない。
あそこでほとんどの観客が萎えたと思う。
で、最終的にやっと見せてくれるバトルシーン自体もはっきり言って「パシフィックリム」の方が内容が面白い。
バトルの展開が乏しいから、ただ、だらだら怪獣が相撲取ってるだけみたいになってしまっている。
もっと技が決まった時のカタルシスがないと。せっかくの必殺技、放射熱線が決まっても相手が溶けるわけでも、燃えるわけでも、爆発するわけでもなく・・。「え?こんなに地味なの!?」って感じ。
しかも、その間に人間ドラマパートを挟むからテンポの悪いことったらない。何回も中断するせいで、バトルに集中出来ないし、最早展開を追いかける気分が失せてくる。わざわざアクション場面の盛り上がりを自分で抑えているようなものだ。
というわけで、ゴジラを復活させてくれて、ちゃんとリスペクト払ってくれた事には感謝するけど、別の監督と脚本家で、もっとダークな次作をお願いします!(多分ヒットしちゃったから無理だろうけど・・。)
追記:ゴジラファンとしてこの映画で唯一うれしかった?のは敵キャラMUTOの「EMP」という電磁波により電子機器を無効化する能力。
自分が子供の頃、ゴジラがこの能力を持っていたらなーと考えていた設定だったのでワクワクした。例えばゴジラの背びれが発光するとEMPが発生するだとか。そうすれば、ゴジラを空爆で攻撃出来ない理由になるから、いい設定だと思うけどな。次回はゴジラの能力に取り入れてくれないかなー。