風立ちぬのレビュー・感想・評価
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あとからじわじわくる(泣)
子供の頃から宮崎アニメは何度も観てきた。最近は壮大な冒険ファンタジーではなく、心の裏側を映すような作品が多くてどうなんだろう?とそんなに期待して行ったわけではないが、すごく良かった。
大盛りのお腹一杯アニメではない。
クールに皮肉ることもない。
意地も張らない。
その勇気を感じました。
やっぱり宮崎監督は他の人の映画と全然違う、思い出すたび涙が出ます。
最悪なクソ映画
本物の堀越二郎を尊敬してる機械設計技術者から見れば
これ以上なく堀越二郎をバカにしてる作品。
宮崎駿の浅はかで稚拙なこれっぽっちしかない知識を一生懸命ひけらかすだけのオナニー作品。
おまえは物語を書きたいのか、その知識をひけらかしたいのか。
しかもその知識も本当一部の偏った知識しかない。
堀越二郎はこんなんじゃないし、機械設計はこんなんじゃない。
「設計は知識よりセンス」というセリフがあるが
これは設計の世界では仕事できないアホが言う代名詞。
センスは知識があって成り立つという常識もただかっこいいからというセリフで平気で言ってのける。
この映画を見た一般の人はそういうもんだと勘違いするだろう。
いやいや所詮物語だから、だというのならだったら実名を使うな。
実名を使う以上、そのイメージを崩してはならないし、実際にあった試7式単騎テストとか、あんなふうに間違った伝え方をしてはいけない。
もちろんそんなのは一般の人はしるわけもないんだが、逆になにも知らない人の多くは堀越二郎をあんなふうな人間だと印象づけてしまう。
泣き所もいまいちわからなかった。
いつ泣かせてくれるのかとまっていたが結局なにもなく終わった感じ。
これで泣けるという人はよっぽど涙腺がおかしいんだろう。
それこそ、原作の風立ちぬの方が100倍涙が止まらない。
最後の砦だと思っていた、宮崎駿の伝家の宝刀飛行シーンの爽快感も全くない。
ラピュタのあの爽快感はどこにいった??
なんにせよ、すべてが中途ハンパ。
これが面白いという人を見ると「こいつなんて浅いんだ」としか思わない。
タバコが美味しそう
自然と涙が溢れ出てくる作品。
正直、「面白い」作品ではない。けれど、なぜか、涙がぼろぼろと流れ出る。登場人物が、全員、本当に人間らしくて、魅力的。
決して偽善ではないのだが、善とも言い難い。矛盾だらけだが、人間とはそういうものなのだ。主人公と、ナホコの愛、そして主人公の飛行機にかける情熱は、本当に純粋で、ただただ、美しい。
ジブリとしてのファンタジーさには少し無理やり感があったが、わたしは好きだった。賛否両論あるのも頷ける。子どもは絶対に退屈するだろう。間違いなく大人向けの映画だ。
私にとっては心の琴線にふれる映画だった。とてつもなく切なく、澄んだ感情、そして一日を大切に生きていこうと思える、素敵な作品だった。観て、本当によかった。
宮崎駿という芸術家
一度しか観ていませんが、とても素晴らしい映画だと思いました。
自分が芸術に関わっているからでしょうか、カプローニが語る言葉がとても心に残ります。
「想像的人生の持ち時間は10年だ。
芸術家も設計家も同じだ。君の10年を力を尽くして生きなさい」
宮崎駿という偉大な芸術家は、一番これを理解しているのでしょう。
彼がこれまでに何度も引退をほのめかしています。
「君の10年はどうだったかね。」
この言葉を聞いた時に何故か涙がでました。
ああ、これで宮崎駿は芸術の世界を去ってしまうんだな。
本当に最後と決めていたのでしょう。
映画が全体を通して哀愁に満ちていて、今までになく抽象的です。
そんなに万人にウケるように作ってもいないし、高評価を得ようともしていないし、ストーリーを重視してもいない。
ただ、自分の思うままに、美しく人間を描いた、宮崎駿という1人の芸術家の遺書、そんな作品だと思います。
映像としての美しさ
大傑作
ものすごく感動して号泣したのだけど、気に入らなかった人は一体何が問題だったのか?
物語も、登場人物の心情も、とても分かりやすかったと思うのですが。
自らの「mission」にどこまでも忠実に生きようとした堀越二郎の誠実さと、堀辰雄が謳った「幸福」「無償の愛」が見事に融合してた。
「それは愛ではなく、お前のエゴイズムじゃないのか」
という黒川の問いへの二郎の答え、それが全てでしょう。
ハァァァ?(´゜∀゜`)
びっくりです。
駄作です。
宮崎監督もこんなの作るんですね。
ガッカリだ…
なんだよこれ、映画じゃねーよ。
テンポ悪い。時間経過がわかりにくい。庵野がヒドい。脚本も…
とまぁ
ヒドいです。
予想してたよりも泣けない…
もうちょっと良くできたはずですよ監督。
コンセプトは悪くなかったのに。
監督は飛行機が大好きだそうですね。
今回はちょっとやりすぎましたね…
ガッカリ。
以上。
美しい映画でした
とても美しい映画だったなぁと思いました。
見終わって、思い起こせば、
二郎の見る夢はとても色鮮やかで、夢にみちあふれ、
現実は現実で、ドイツの飛行機の精密さ、二郎の実現した零の軽やかさ、
菜穂子と二郎が青空の下で交わす口づけや、結婚式の凛とした空気、
最後の二郎の夢の中、笑顔で駆ける菜穂子と、帰らぬ機体の戦列、
淡々と、美しい世界ばかりが思い起こされました。
けれど、これって、よく考えれば本当に、悲しいことなんですね。
この映画には、幾つもの矛盾が出てきましたが、(飛行機をつくることが、戦争への加担につながったり、仕事をするために結婚したり、人を愛するために命を縮めたり…)だからといって、登場人物たちが間違っているとかは思えませんでした。
(特にこの映画が戦争賛歌や、煙草推奨とは到底思えません)
皆が皆、自分の信念のために、ただただ真っ直ぐ生きただけ、だったように思います。
命は生まれた瞬間から死に向かって歩みを進めるという、大きな矛盾を抱えていると思います。
だからこそ、こうして生きること、生きていくこと、生きようとすることは、美しいのかなぁと思いました。
ただストーリーは、零戦製造とラブストーリー、どっち付かずな感じでどちらかひとつに絞るかもっと掘り下げるかしてほしかったなぁ、と思いました。
個人的に、黒川さんが墜落した機体を雨のなかじっと見つめるシーン、三菱の研究者たちが二郎の元、自主的研究会みたいなので、目をキラキラさせているところ、カプローニが最後の飛行で女の子にまみれながら機体を案内し、貧乏子沢山な発言をするところが好きでした。
そして私が菜穂子なら…絶対治って二郎と添い遂げてやる!って感じかな。
だって、結婚の申し込みを受けて、絶対治しますから、って言ったもんね。
約束は守りたいなぁ。守れないなら守れないまま1人で死んでやる!笑
ひど過ぎる。(内容の質)
以下、その理由を書く。
1.二郎が何を考えているのか分からない。
二郎は様々な所で人助けをする。そこから正義感や思いやりがあることは伝わってくる。
しかしそこには矛盾点がある。
戦闘機という多くの罪のない人々やパイロットを殺すものを作る葛藤や、不景気、貧しい人々や飢えている子供がいる中で、膨大な金が使われる戦闘機への葛藤が、殆ど伝わってこなかった。少しはあったが、そんなに思いやりや正義感のある人間なら、そんな仕事が本当に出来るのか?他のやり方を考えることを試みたり、他の方向にいくこともできたのではないか?たとえその仕事をやらねばならなかったとしても、その葛藤がもっと描かれていいはずだ。その姿を見せてほしかった。
サバの骨を見ながら『美しい』などと言って、『美しい飛行機作り』にひたすら邁進する姿は本人なりに『力の限り生きて』はいるが、『非人間性』すら感じる。本人の人間としての信念や考え方、価値観が伝わってこなかった。
個人的な話になるが、熱中するほど好きな夢を自分も持っている。しかし自分はもしその究極の夢を実現することが、二郎のように多くの罪のない命を奪う事に繋がるのならどうするかと考えた。自分は加担しないで叶える方法を出来る限り探し、違う道を探すと考えた。強制的に加担せざるおえないと立場にあったとすれば、とても平静ではいられないと思う。しかし二郎にはそれが殆ど描かれなかった。
ただ『夢を追う姿』を純粋に描いたと言われても、すんなり何もかも無表情で受け入れる二郎に納得出来ないものがあった。
『力の限り生きれば』なんでもいいのか?『どう生きるか』が大事なのではないのか?ただ『美しい』飛行機を求め戦闘機を設計する二郎の生き方や姿勢には『狂気』すら感じた。
2.国際社会への認識の欠如。
宮崎アニメは世界的に有名だ。
宮崎アニメファンだった他国の人が、この作品を観てどう思うか?
右傾化していると思われないか?
これは本当に危険なことだ。何も今このタイミング(近隣諸国と色々ある中、また何度か政治家の発言が問題になった後)
で戦争映画を、しかも真っ向から反戦と言っていない、肯定しているようにも、美化されているようにも受け取れる作品を作るべきではなかった。
宮崎駿は自分の影響力について分かっているのか?
日本人はそもそも海外の目を意識していなさ過ぎる。(自分は長く海外に在住し、様々な文化圏の人々と関わった経験があるので、そう感じるのかもしれない)グローバル化する今、一国の思い込みでは国は生きてはいけない。海外の目を意識しなければただの変な国と思われ、孤立するだけだ。
男尊女卑な国だと思われないか?
もともと日本は世界からそういうイメージで見られている。時代で仕方ない部分もあろうがジェンダーの視点から観た時、気になる細かい箇所が多数あった。(二郎の親友の見合いに対する発言など)
外人を馬鹿にしていると思われないか?
山盛りのクレソンを無心に食うドイツ人の滑稽な描写や不気味な感じ、その他、外国人の描写の仕方が気になった。
3.煙草の場面が多過ぎる。
特にドイツ人と煙草を交換する場面はいらない。煙草=カッコイイという安直な理由で使ってるとしか思えない。
4.絵の技術の低下。
(自分は絵をやっているから特に感じたのかもしない)今迄感じなかった人物の表情、顔の輪郭、群衆の顔が気になって現実に引き戻されることがあった。主な登場人物の表情が生き生きとしていないと感じた箇所が何度かあった。下手であったり、同じであったり、不自然であったり。更に二郎の顔自体(表情ではなく骨格など)が場面によって変わったと感じた箇所が何度かあった。やたらイケメンに描かれたり、少しエラがはったり、普通だったりした。
5.本当に『生きねば』を伝えたいなら、もっと苦しんだ人達を描くべき。
一握りの金持ちのインテリのエリートばかり出てきて、特に二郎とその親友には本当の人の痛みが分かっていないように見受けられた。戦時下、苦しんだ人は沢山いたはずだ。防空壕も、兵士の悲惨さも、根っこを食べるひもじさも、何ひとつ伝わってこなかった。その中で必死に生きた人がいたはずだ。一方二郎は裕福で、有名大学に行き、避暑地で休み、、、恵まれた環境で、葛藤も殆どなく生きていた。個人的に海軍と話している時、彼らの話を殆ど聞いていなかった二郎にその人間性が出ていると感じた。自分達は特別、そんな意識すら感じた。
気になった点が多過ぎて収集がつかず全ては書ききれない。
6.個人的見解の結論とその他気になったこと。
結局個人的な結論としては宮崎駿は『飛行機が描きたかっただけ』『自分の趣味を描きたかっただけ』と感じた。紅の豚に通じるものがある。(紅の豚は徹底して趣味を貫いているからまだ良い)そこにメッセージとして『力の限り生きる』というテーマをなんとか入れようとしたが、様々な矛盾点を結局収集できずに終わり、後はつぎはぎや、つけたしと、言い訳、他者の目を意識して直した結果、なんだかよく分からない『中途半端』なものが出来た。
上映終了後、菜穂子の死で悲しくなった。しかし死を通して感動させるやり方も好きではなかった。死を描いても良いが、それなら曖昧に抽象的に綺麗に終わらせるのではなく、もっと丁寧に、真剣に向き合って描いて欲しかった。そこに宮崎駿のずるさを感じた。菜穂子の描写や設定は現実味がなく、安っぽく感じた。最後に一番残ったのは、なんとも言えない『微妙』で『もやもやした』感情だった。
スポンサーや他国の目を気にして、こうなってしまったのか。 宮崎駿自身が色んなことを気にして自由に描けない葛藤を表しているのだろうかと深読みもした。真相は分からないが宮崎駿の全力がこの作品だったとは信じたくないほどひどい内容だった。
宮崎駿に本気で正直に突っ込める人間が周りにいないのではないだろうか。(NHKの特集番組でのスタッフとのやり取りを見ても感じた)奥さん位ではないのか。鈴木プロデューサーはそうだろうが、個人的に鈴木プロデューサーの助言はむしろ宮崎駿を変な方向に走らせているように思える。地位の高い者が気を付けなければ起こる悲劇、裸の王様だ。
『無知の知』(勉強し続ける姿勢)
『謙虚さ』(人の意見に耳を傾ける)
を忘れては良い作品は作り続けられない。周りのスタッフも本当に宮崎駿を思うなら、正直に本音でぶつかってほしいと思う。宮崎駿がある意味哀れにすら見える。そして宮崎駿も今迄の賞賛や実績に対する傲慢さを一度横に起き、意見を謙虚に受け止め、考えて欲しい。
もう一つ気になったのは、ウケやオブラートに包むような仕掛けが意識的か無意識的にか、されていると感じたことだ。
ウケは菜穂子(個人的に綾波レイと少し被った)の綺麗、お嬢様、病弱、健気、一途、従順、全て受け入れる姿勢、といった設定や、二郎のたまにあるイケメンな顔の描き方、どんな非常時も冷静で人を助けるといった描写(アシタカやハク的な。しかしよく観察すると、それらとは全く違い、性格に矛盾を抱えている。1.を参照)、親友もイケメン。
オブラートはイタリア人の出て来る夢という言い訳で色々なことを曖昧に丸く収めさせるところ。フランス語や本の引用や『風』を多用してそれとなくカッコ良く、インテリっぽく、意味あり気で深そうにしたところ。関東大震災が入いることでなんとなく災害の大変さを伝えたいのかなと思わせたところ。しかし、本当にそれを伝えたいのなら、もっとしっかりその大変さを入れるべきだ。意外にサクッと終わった気がしたのは自分だけか?
あとは音楽や昔の綺麗な日本の風景でそれとなく『良い映画』な気がしてくる。しかし、実質は違う。誤摩化されてはいけない。騙されてはいかない。よくよくその映画の本質を見ないといけない。それをワザとやっているような気がして、嫌だった。
また『良い青年だ』『感動した』など、登場人物の言葉でまるで無理矢理そう感じろと観客に投げるやり方も好きではなかった。本当は丁寧な人物描写で自然とそう思わせるべきではないのか?
宣伝をやたらしていたのは自信の無さの裏返しと感じた。
宮崎駿は『ファンタジーを作っている場合ではない』と言うが、こういう時だからこそ作れるファンタジーや児童向けの作品もあるはずだ。一方で震災直後ならそう感じるのも、分からなくはなかった。しかしそれならば、リアルを描くならそれも良いが、それならちゃんと向き合い、やり切って欲しかった。この作品は中途半端過ぎる。
7.今後のジブリ
個人的な予想では次回作は今回のことを反省して、昔のトトロのような作品か子供も楽しめるファンタジーになると考えている。またそう希望している。本当に良いものは大人も子供も楽しめるはずだ。男だけ、女だけ、老人だけ、子供だけが面白いと思う作品は、個人的にはその程度の力しかないと感じている。
古き「ジブリ作品」をイメージすると痛い目に
近年のワクワクドキドキ、ハラハラしながらハッピーエンドの「子ども向けジブリ作品」をイメージして見に行くと「うーん」と首をかしげる。
また逆に、原作の「風立ちぬ」をそのまま想像するとそこもまた首をかしげる。
まぁCMなどを見て「ん?」と、何気なしに疑問を感じる部分があったので、出来るだけフラットな状態で観賞しにいったつもりであったが、タイトルからして文学に嵌った時期に何度も読んだ原作をどうしても想像せざるを得ない。
これは原作もののリメイクや映像化にどうしても付きまとう問題であるとも思うのだが…
大人のアニメであることを前面に押し出すべきだったと思う。
子連れが数組来ていたが、やはり退屈して映画館の中を走り回っていた。それは嘘でも誇張でもない。観賞に向いた年齢であるか、作品の奥を理解する精神年齢であるか、違いだろう。
加えていえば、趣味嗜好の問題もあると思う。
機械や飛行機などについて興味がない人間であれば、正直何度見ても夢も希望も感じない、わくわく感も感じないだろう。
風立ちぬをモチーフにした、違う話として発表すればきっと違う印象だったのかもしれない。
だが、私がジブリに求めるのは、おそらくこの作品の形ではなかったと思う。
無碍に「この作品を見るべき」「見るべき価値はない」などと、個人的な価値観で他人に話すことは無いが、これだけは言っておきたいと思う。
「ジブリアニメだからって子ども向けと思っていてはだめだよ」
「原作の風立ちぬは頭から振り払っていきなさい」
と。
私は少なくとも向いていない。
ところどころ泣けたり、心は動かされた所はあった。
どうやら派手で勧善懲悪なハリウッド映画に、完全に毒されてしまったようで、エンターテイメント性を求めるつまらない人間になってしまったようだ。
創造的人生は10年限り・・・なのか?
実際の堀越二郎には色々毀誉褒貶もあるようだが、この作品の主人公はゼロ戦を設計した航空技術者という事実は踏まえているものの、堀辰雄の「風立ちぬ」の主人公を堀越二郎に置き換えたような宮崎駿のオリジナル作品の映画化であるから、それを作品批判に持ち出すのはお門違いであろう。
この作品で描かれる堀越二郎はひたすら「より美しく高性能の飛行機を作りたい」という意欲に燃える青年であり、当時それができるのが軍需産業でしかなかったという理由で戦闘機の設計に携わっていくが、ここは宮崎駿の飛行機及び飛行機馬鹿へ寄せる愛着がよく感じられる。
庵野秀明の起用の結果についてはある程度覚悟していたので、それほど違和感はなかった。しかしその声優としての起用はこの作品にどのようなプラス効果があったのか私には不明で、「ヱヴァンゲリオンの監督」の知名度以外に、何を意図してのものなのかはよく理解できない。
私が気になったのは、作中カプローニ氏の言う「創造的人生は10年限り」だ。これも何かの引用だろうか、それとも宮崎駿のオリジナルだろうか。
「人間の能力発揮のピークは短いから、やりたいことがあれば全力で取り組め」というなら納得できるが、なぜ10年という枠を設定する必要があるのか?10年を超えて創造的活動を行っている人は大勢いる(宮崎氏もその一人)と思うのだが。
『風立ちぬ』〜恐るべき少年の志〜
百人百色に実に色々な観かたや味わい方の出来る、世間的なイメージでのアニメの範疇を超えちゃったある意味途轍もない映画だと思うんですが、
まぁそんな初歩的な事はこのサイトをご覧になる様な方は百も承知でしょうから、百色だったらどうで三色ならどうなのだ?的な抽象的な話は省略しますし、自分の感じた一色だけ書いておきます。
自分はこの作品二度観ました。1回目は自分がいったい何処であんなに涙腺にジーンと来たのだか、帰ってから思い起こしても何だか良く判らなくなったので、
(本ではなく映画でリピートするのは個人的には異例なのですが)その辺のもやもや感をどうしても解消したくてもう1度行くことにしました。
それで結果的に自分としてはだいぶんと腑に落ちたのですが、恐らくは泣いた!感動した!と自分を含めた世間の皆さまが、まるで星飛雄馬と伴宙太の如くダダ泣きしてしまう部分というのは、主としてヒロイン菜穂子の心情にピィィィィィィンと観た方の琴線が触れまくった時のパートにかなり局限されるのではないか?と今ではそう思っています。
これ程にも誠実で純粋で真っ直ぐで、そして儚く美しい菜穂子の二郎に対する想い、なんだかままごとのようでもあり夢うつつの様だけども、絵空事だと一蹴出来ない、こんな想いで結びついた二人の関係への率直な羨望。
ここだけ抜き出しても何度でもゴハンお代わりが出来る、じゃなかった、何度でも泣けるくらいに菜穂子さんの心情から溢れるモノの涙腺破壊力はかなりスゴイなと感じます。
で、確かにスゴいんですが、でもこれはやっぱりこの作品のミソではないな、とも感じました。
あれこれ思い起こして、作中で今も一番くっきりと印象に残っているのは、やはりカプローニ伯爵が「日本の少年よ、まだ風は吹いているかね?力を尽くしているかね?」と繰り返し繰り返し呼びかけている夢のパートでしょうか。
「夢見る少年の視たその夢が、世界を造り世界を滅ぼす」「だから少年を主人公にするのは困難だ」とこれまで語っていた監督。
そのためか、映画版の『風の谷のナウシカ』以降は常に物語に健気なヒロインを被せるという、ある種カモフラージュ的な甘いオブラートに包みこむことによって、結果として『ラピュタ』に代表されるようなジブリがイッパイな柔らかなイメージを長らく提供し続ける事になった監督。
その同じ監督がまさにその少年〜青年を、こうもストレートに正面に据えて、いつもなら大文字でかかげる「ヒロイン」を、完全に脇に置いた物語を描き始めたことに、そして人生の晩年になってなおこの様な呼びかけを為し得る事に、自分は後から素直な感動を覚えているのでした。
『創造的人生のリミットは10年だ、君の力を尽くして生きなさい」・・
そこには賢しらな倫理や善悪や正しさとの相対など関係なく、他者との比較やこすからい優劣でも勝ち負けでもなく、他人からどう評価されるのかでもなく、ただ自分という実存が、どれだけ力を尽くし、抱いた夢に向かってその生を生き切る事が出来るのか?
それこそが人を美しく人たらしめるものであり、人はひとたび生まれたらなべてその夢を追うべきなのだ、と言うある種のエゴイズム肯定。
それを恐らくは表現者としてのハイリスクを承知の上で、正面突破でやっちゃったことは大きな驚きです。
といっても、複数の方が指摘されていますが、これは既に漫画版『風の谷のナウシカ』で到達していたことなのだそうですが。
ともかくも、少年の夢を去勢してしまえば、もうそこから先は生暖かい日常の中に閉じ込められて、何とはなくの幸福感で半ば満足しつつ、経済的な環境が良いものであれば尚更に、それでいて自分でもよく判らない何かに常にいらつきながら、壮年に至るまで悶々とあがいていく人生になってしまう。。
「だから少年よ、夢に向かって力を尽くしなさい、そうして君は生きねばならないのだ」
と、大人の経験のみが持つ残酷さと優しさで語りかける宮崎監督。すげぇなアニメでこれやるか!クラーク博士も真っ青、全くグレートなじじいだ!って言葉しか浮かびません。
・・でもなぁ、今時の、自分自身にはとってもユルユルな、そのくせ他者にはとっても不寛容な、あるいはビッチーなばかりの人たちには、これってどれくらい通じるのだろうか?
これがちゃんと通じる人には若者だろうが大人だろうが、そもそも語りかける必要が無いのでは?というアイロニーもまた成り立つわけで・・ヽ(´д`;
確かに、ただ萌えるばかりが大好きなアニメファンは言うに及ばず、「ブンガク」なんてお呼びじゃないし、表現におけるメタファーもアイロニーもクソも全く理解できん(したくない)という人たちが、はぁそれで??とか言ってバッサリ切り捨ててますしねぇ。
その辺がとても心許ないので、観客への訴求力に対して★半分マイナスにさせていただきました。
おしい。。。のかな
初めに。最近の宮崎監督の映画には若干批判的です。
主題がぶれてませんか?と、問いたい。
恋愛か?堀越さんの人柄か?
どちらに主題を置きたかったのだろうか?と悩んでしまいました。
確かに、場面場面では「つらい」「きつい」「幸せ」と感じることができる作品です。
でも、恋愛シーンがあったと思えば、次の場面ではあっさり感情が断ち切られて飛行機作って「仕事だから」みたいな感情が流れてきたり。
自分的には飛行機2、恋愛8くらいの割合でやってくれたほうが萌えられたのに、と思いますw
世間の賛否の激しい、「病床の奥さんの横で設計をする」あのシーンをずっとふくらまして作品にしていてくれたらよかったのになあ。
あ。喫煙シーンは別に何とも思いませんでした。そういう時代だなあってくらいですかね。
あとひとつ。そろそろ宮崎監督は声優さん使ってくれませんかね。耳たこでしょうけども。
DO MY BEST
戦闘機が大好きで、空中戦シーンが大得意で
戦争を徹底的に否定している宮崎駿そんな矛盾の総括を
鈴木敏夫Pが煽って出来た映画。
結果的に、宮崎駿の遺言第一章といった趣の映画になりました。
零戦の生みの親、堀越二郎と『風立ちぬ』の作家の堀辰雄を
この二人を合成したキャラクター二郎。
運命的な恋に落ちるヒロイン奈緒子との恋。
盟友本庄との技術開発の日々。
そして、二郎の夢現の中で登場するイタリアの飛行機製作者
カプローニとの邂逅。
冒頭が関東大震災、以降昭和恐慌、第二次大戦
なんとも生きにく世の中にいながらも
純粋に飛行機を作り続ける二郎と
戦争という事実の劇中の存在感のアンバランスさが
結果的に映画全体の不思議な空気感につながりました。
主人公の声を弟子筋の庵野秀明が当てているのもびっくりですが、
意外にも唯我独尊でモノを作り続けることだけに生きる二郎と
キャラクターの属性がマッチしていました。
宮崎駿が初めて心底創りたいもの創ったのかなという思いです。
映画評論でなく、素直な感想
期待しないほうがいい映画でした
いくつか映画のレビューを見て、あと簡単な映画宣伝文句をみて、この映画を見にいきました。元々の直感とレビューからあまり期待はしてませんでしたが、それでも何らかのインスピレーションをもらえるのではないかという期待で見に行くことになりました。
それと、レビューの中には「時代を先取りしすぎた映画」だとか「恋愛があるとおもったらあまりなくてひたすら戦闘機作りばかりだった」とかいう感想があり、そういう部分にも期待していました。
さて、見た後の私の意見ですが、レビューは嘘が多かったということ(笑)。時代を先取りしすぎてわけがわからないような部分もなければ、恋愛がすくないというのも間違い。半分くらいは恋愛もので、私的には目的とちがって期待はずれでした。
ひとことでまとめると、「特にとりたてる部分はない普通の映画」です。
今回、とにかく、レビューをみて先入観をもつのが一番危険だと痛感させられました。
宮崎監督の信念と良心を垣間見ることが出来た。
映画の内容について、ほとんど予備知識のないままに見に行った
が、素晴らしい映画であると感じた。
宮崎監督の信念と、今の日本に伝えたいメッセージはしっかりと
受け止めることは出来たのではないかと思う。日本の一番暗く重
い時代を、腐りもせず、自傷にも批判にも走らず、自らの仕事を
全うする青年の姿に、監督が本作に込めた、今の日本へのメッセ
ージを感じない訳にはいかない。
その時代を断罪することができるのは、同時代に生きた者にのみ
許された特権である。監督もそのあたりのことは重々承知のはず
。
本作の中で非難らしい非難を受けたのはナチス党であり、作中人
物を通して、ならず者の集まり、とまで言わせている。それ以外
は日本の軍部、会社組織、上流階級、来日中の枢軸国人、そのい
ずれに対しても監督の描写はあくまで中立を貫いている。その辺
りに監督の配慮、そして良心を感じた。
堀越氏の生い立ちにしろ、零戦の設計者としての知識ぐらいしか
もっておらず、堀辰雄の「風立ちぬ」もだいぶ前に読んで以来、
ほぼ内容を忘れかけていた。
なので、本作が史実に合致しているか、については私自身それほ
ど重要視していない。むしろ、日本が一生懸命に輝こうと悪戦苦
闘していた時代の美しさを、監督が愛好する、紅の豚の世界にも
似た飛行機乗りのロマンに絡めた着眼に拍手を送りたい。
どうすれば、今の日本はかつてのように輝けるのか、どうすれば
少子化を克服できるのか。そして、人は何ゆえに生き抜くのか。
ラスト近くで菜穂子が語りかける言葉に、全てが集約されている。
2013/8/24 イオン・シネマつきみ野
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