「挑発的な傑作」風立ちぬ taruwoさんの映画レビュー(感想・評価)
挑発的な傑作
宮崎駿監督がとんでもない映画出してきたもんだから、皆んな右往左往してる。
こんな神がかった日本映画にはそうそう出会えるものでは無い。ただ、作品から吹く風の中に何も感じられない人には、実際何にも残らない映画かもしれない。
けれど引っかかる仕掛けは幾つも用意されてあって、アニメと甘く見ていたら見過ごしてしまう偏執的とも言えるディテールが心に棘を残す。挑発的な作品だ。
映画の中で違和感を感じる部分にこそ、監督の毒が仕込まれていると感じた。
庵野氏の起用は本作の最大の違和感だろう。真っ白なキャンバスをパレットナイフでゴソゴソ引っ掻く様な空虚な声質だ。この声は愛も激昂も何も表現しない。そこがいい。この声で無かった場合、破綻してしまうような台詞が幾つもある。
子供にシベリアを拒否されるシーン。ただ実直に夢を追い打ち込む次郎の無垢だが罪深い仕事に、本能的に子供がNOと言っている様に見える。
ここにも違和感がある。覚悟の二人の悲しくも滑稽な唐突な結納の場面は仲人役の声優の演技も光る名シーンだ。
なんでもない冒頭の次郎の近視のくだり。人が見えるものがボンヤリとしか見えないマイナスから映画は始まっていた。同じ目が、終盤には妻を亡くし一機も帰らなかったという絶望の地平線を見る。
食堂の喧騒の中で次郎と菜穂子が視線を交わすシーン。二人の間で大量のクレソンを頬張っているのも可笑しい。
夜のテラスで「忘れる。忘れる。」と澄んだ目で何度も繰り返すのも、全ての日本人の深層心理に語りかけてくる不思議な場面だ。
次郎が紙ヒコーキを菜穂子に飛ばすシーンも違和感を感じる。隔離とはいえ横長のスクリーンであえてこの構図。二人の位置関係は、恋人や夫婦の距離とは全く別の距離感を表しているのかもしれない。
捕物の複雑に歪む影はオマージュか。鈍く光る石畳。印象派の絵画を思わせる風景。翼の三文字。記号の様に見える零戦の編隊。会議は躍る。絵葉書の肖像画の斜視。細かな仕掛けの数々。
そんな全部見なければ、サッと風が吹いただけのようにも思える作品。多分今年の最高作。