小さいおうち : インタビュー
黒木華、山田洋次“学校”での学びを糧に 「小さいおうち」でさらなる飛躍
映画初主演を果たした「シャニダールの花」をはじめ4本の出演作公開をはじめ、ルーツである舞台でも初主演、そして初めての連続ドラマ出演と疾風迅雷の活躍を見せた2013年。それでも、女優・黒木華は「素晴らしい出会いに恵まれた1年だった」と平常心を失わない。追い風を一身に浴び、さらなる飛躍が期待される14年の幕開けは、山田洋次監督の「小さいおうち」とともに。ときに“学校”と称される山田組で、黒木は何を学び、女優としての糧を手にしたのか。(取材・文・写真/内田涼)
映画は中島京子氏の直木賞受賞小説を原作に、昭和初期、東京郊外に建つ赤い三角屋根の“小さいおうち”に暮らす平井家の奥様・時子の秘められた恋愛模様が描かれる。住み込みで働く布宮タキを演じた黒木は、「山田監督の作品に、こんなに早く出演できるなんて思っていませんでした。怖い方とも聞いていましたが、現場では自然と緊張を解いてくださった」。
山形から東京へ奉公に出てきたばかりのタキは、昼夜問わず仕事に明け暮れ、言葉少なげ。お国なまりを出すまいという気持ちも加わり、中盤まで黒木のセリフはごくわずかだ。その分、所作や佇まいが醸し出す空気感に演技のウエイトが置かれ、「山田監督からは、昔の女優さんの仕草や“居方”をたくさん教えていただきました。一番大きなアドバイスは、手の表情です。着物の襟もとを直す仕草ひとつにしても、いろんな感情が表現できるんだと」。
山田監督からはもうひとつ、印象に残る助言があった。「なるほどなと思ったのは、『人間は口にしている言葉と、本心が必ずしも一致していないんだよ』という言葉でした。笑っていても、心では泣いている。よく考えてみると、それは当然ですよね。女中のタキちゃんは素直なまなざしで、平井家に起こるさまざまな出来事を見つめる。でも、きっと『こうありたい』『こうあってほしい』という希望や意思があるんです」。
戦争の足音が近づき、平井家にも時子の道ならぬ恋がもたらす不協和音が響き始めるなか、ついにタキの“意思”が顔を出すことに。出征が決まった相手に会いに行こうとする時子を、タキは玄関先で必死に引き止めようとする、いわば映画のクライマックスだ。時子を演じるのは、実力派女優の松たか子。しかも、このシーンは3つにまたがるシークエンスを、ワンカットで撮影という山田組では異例のスタイルで行われた。
「シーンそのものが緊迫しているのはもちろん、フィルムで撮影しているという緊張感もあって、私は何度かNGを出してしまいました。そのたび、松さんにお付き合いいただくのは本当に申し訳ない気持ちでしたが、『すみません』と謝ると、肩をポンって叩いて、元の立ち位置に戻って行かれる。現場での集中力が高く、それでいて気さくな姿は本当に格好良かったです」。このシーンの撮影が終わると、山田監督からは「主人に意見しなければいけないタキちゃんの緊張と、華ちゃんの緊張が合わさっていたから良かったよ」とねぎらいの言葉があったそうで、「本当に救われました」と胸をなでおろす。
昭和と平成が行き来しながら、家族の秘密がひも解かれる構成も「小さいおうち」の特徴だ。平成を生きるタキを演じるのは、大女優の倍賞千恵子。“ふたりのタキ”が共演するシーンはなかったが、クランクアップ後に対面を果たしたといい、「昔からおばあちゃんと一緒に、『寅さん』をよく見ていましたから、お会いした瞬間『わあ、さくらさんだ』って感激しました。倍賞さんご本人もすごくかわいらしい方でした」。
「この作品を通して、一番の大きな学びは、全身に神経を行き渡らせ、役に向き合わなければいけないんだということ。もちろん、それは当たり前のことですが、山田監督の現場に参加し、改めてそう感じています。目標は、役を生きる俳優さん。そうなれる日が来るかわかりませんが、これからも努力を重ね、成長していきたい」。山田学校で得たものを糧に、黒木の2014年が動き出した。
山田監督82作目となる本作には、切なく心揺さぶられる物語でありながら、ミステリアスな要素もあり、長年描き続けた家族をテーマにしながら“新境地”と評価する声も多い。「素直に素敵な作品ですし、見終わった後にずっと余韻が残ります。それに日常のなかのミステリーという部分がすごく面白い。山田監督も『こんな色っぽい撮ったことないよ』とおっしゃっていて、今も挑戦を続ける姿勢に、刺激を受けました」。