劇場公開日 2013年6月29日

真夏の方程式 : インタビュー

2013年7月8日更新
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実に面白い! 俳優・福山雅治、機知に富んだ演技“理論”

俳優にとってキャリアを代表する役柄を得ることは矜持(きょうじ)となる。半面、そのキャラクターのイメージに捕らわれてしまう怖さも併せ持つ。だが、福山雅治は「メリットしか感じない」と言い切る。そのキャラクターのひとつがもちろん、「ガリレオ」シリーズの物理学者・湯川学だ。5年ぶりに復活し、高視聴率を獲得したテレビシリーズに続く、映画「真夏の方程式」の公開。湯川として生きるメリットを、総合格闘技家の必殺技や野球の投手の決め球になぞらえて説く。ほかにも機知に富んだ会話の数々、実に面白かった。(取材・文/鈴木元、写真/片村文人)

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かつて、あるベテラン俳優から聞いた「イメージはダメージでしかない」という言葉が強く印象に残っている。常に新たな役に挑みたいという意思の表れだろうが、イメージを“足かせ”ととらえず、ここまでポジティブに向き合っている人物に会ったのは福山が初めてだ。しかもその根拠となるたとえが、総合格闘家ミルコ・クロコップの左ハイキックというのだから、驚きとともに一気に話に引き込まれた。

「必殺技がある選手は、オールラウンダーの選手よりも実はすごく強いんじゃないか。ミルコの左ハイを封じれば勝てるんじゃないかと思うけれど、そうじゃない。左ハイを防ごうとすると、ガードが空いたところにミドルが入る。それが決定打にならなかったとしても、ガードが下がって最後にはハイが入るんです。必殺技をひとつ持っていると、ほかの攻撃もすべて有効に機能してくるんです。だから代表作、イメージが強い作品があると、それ以外の作品もやりやすくなるって僕は考えているんです」

まさに、我が意を得たりの思いだ。さらに、左投手の投げるクロスファイア(右打者内角低めの直球)を例にとり、決め球があれば変化球などの投球の幅が広がると持論を補強。軸となる太い幹があれば、枝葉は実る。幹に当たる湯川に関しては、5年のブランクを感じずにアプローチできたようだ。

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「眠っていたものを引っ張り出してきた感じ。どの役もそうですけれど、あまり事前にはつくり込まない。現場に行った時の感じや、お芝居は共演者あってのものですから、その人たちから出てくるものも含めて構築していく。今回は、基ができているからそういう楽しみ方ができたと思うんです」

「真夏の方程式」は、海底資源開発計画の推進派と反対派が対立する海辺の町にアドバイザーとして招待された湯川が、そこで起きた不可解な死体遺棄事件に巻き込まれていく。西谷弘監督とは、これまでのテレビシリーズや2008年の映画「容疑者Xの献身」などで信頼関係を築いており、あうんの呼吸があった。

「西谷さんの中で欲しいものが決まっているので、それにアジャストすることができるか、それにプラスして西谷さんが思っているよりもいいものを何かプレゼンできないかなということを表現者としてディスカッションしていく。必要なことに関する会話はあってもいいですけれど、きっちりとお互いもちはもち屋というか、ポテンシャルをフルに発揮できる仕事場を全力で楽しみたいんです。特にロケでは、天候待ちなども含めてベストの瞬間を逃したくないので、撮影現場でワサワサしゃべっているのって、個人的にあまり好きじゃないんです」

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なんともストイックで、どこか湯川に通じるところも感じる。そもそも湯川を演じるきっかけは、作品の内容はもちろん、その特異なキャラクターの魅力。先ほど放送の終わったテレビシリーズも含め、今回の湯川は「以前よりもはるかに表情がある」と振り返るように、少しずつ新味を加えている。

「セリフの多さは労働力的には大変ですけれど、型にはまってしまえば楽しいです。やはり湯川学のキャラクターが被害者、加害者の心情に全く興味がないという在り方が痛快なんです。被害者、加害者の心理を追うものはたくさんあるし、そこが欠落しているのは、ひょっとしたらこの人、マッド・サイエンティストなんじゃないかという匂いも出せる。ちょっとダークヒーローっぽいニュアンスも描けるかもしれない。僕がやっているので、あまりにもさわやかな面があってダークサイドは見えにくいかもしれませんけれど(笑)」

周囲は笑いに包まれても、本人はいたってまじめに語る。そもそも「この役をやりたい」と思ったことはないという。

「自分で完成品を見たいと思うかどうか。全体で見たいので、まず完成品をイメージして、自分でも見てみたい作品になるだろうな、その作品にパーツとして機能したかどうかという考えなんです。だから、作品として面白いかどうか分からないけれど、この役はやってみたいというアプローチや判断基準はないです」

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その真摯な姿勢は一貫している。結果としてブレークした1993年のドラマ「ひとつ屋根の下」の“ちいにいちゃん”こと柏木家の次男・雅也、2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の坂本龍馬ら、印象に強く残るキャラクターを生み出してきた。

「その瞬間に訪れた感情でやってくれという、セリフはあるけれどエチュードみたいな状態」だったという「龍馬伝」の現場で受けた影響が、「真夏の方程式」の前に撮影した是枝裕和監督の「そして父になる」にもたらされる。そして、「子どもを役者として使わない、そのままの状態で置いておく是枝さんのアプローチ」を楽しんだことが、「真夏の方程式」での子役・山﨑光との対じの仕方に役立っていく。すべての経験が連綿とつながり、生かされている証左だ。

福山も「西谷さんと僕の中で、湯川という乗り物をよりコントローラブルにできるようになってきた」と手応え十分なだけに、まだまだ見続けていたい。これに関しては、「(原作の)東野(圭吾)先生次第」と現実的な見解だ。

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「原作が残り2本ということなので、東野先生に書いていただければという感じです。僕が言うのもおこがましいですが……。後は事件の中にどこまで物理学を残していくか。だいぶ物理学が減ってきているんです(笑)。ギリギリのところでやっているので、謎がどこまであるかに尽きるというか。物理学がないと、もう純情派的なところですよね。純情編、旅情編、湯煙編って、必ず旅先にいて、そこで美女と出会い事件に巻き込まれるんでしょ。それはもはや、湯川先生じゃなくてもいい(笑)」

楽しみは先に取っておくとして、俳優だけでなく歌手、写真家、音楽プロデューサーなどマルチな才能を発揮し、そのすべてで第一線の活躍を続けている。本人にとって肩書きとは何なのかが気になるところ。これには私見と前置きした上で、最近読んだ故勝新太郎さんに関する文献を引き合いに出した。

「『座頭市』シリーズはクレジットがあるないに関わらず、勝さんが監督をしていた。多くの人は勝さんの代表作は『座頭市』であり、座頭市という役をやっていた人と思っていますけれど、役を演じながら撮り方からストーリーから全部、トータル・クリエイテッド・バイ・勝新太郎ということかなと思っています。勝さんも歌われていましたしね。僕の場合は違った見え方として役者もやる、音楽もやるということですけれど、音楽も作詞・作曲のみならず編曲、レコーディング、プレイからミックス・トラックダウンもやって最終的にはマスタリングも自分でやる」

肩書きは関係ない、いかなるものに対しても福山雅治として常に高いレベルを追求している表れだろう。9月28日にはカンヌ映画祭で審査員賞に輝いた「そして父になる」の公開も控える。しばらくは、「俳優・福山雅治」に注目していきたい。

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