「おばさんのゴシップなんざどうでもよろしい」ハンナ・アーレント ジャワカレー澤田さんの映画レビュー(感想・評価)
おばさんのゴシップなんざどうでもよろしい
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焦点を複数にしたせいで、「一体この作品は何を言いたかったんだ」というものがよくあります。この映画も、その一つ。
アドルフ・アイヒマンは悪魔でも怪物でもなく、あくまでもナチスという組織の部品に過ぎなかったというのがハンナおばさんの見解です。そして映画でも、アイヒマンはシナリオを構成している部品に過ぎません。
それじゃダメでしょ。このテの映画ではあくまでも「アイヒマンの本性」を追求するべきです。なのに出てくるシーンは、大沢木大鉄並みのヘビースモーカーのおばさんがキャッキャウフフするプライベート話ばっかり。そうでない時は別荘でのんびりしたり、友達とビリヤードで遊んだり、ハイデッガーとデキてた頃を回想したり。
そんなこたぁどうでもよろしい。少しはアイヒマン裁判のことを話しなさい。てか、こんな作りにするんだったら焦点をハインリヒの旦那・ハイデッガー・おばさんの三角関係ってテーマにした方がよかったんじゃないですか? アイヒマン裁判の頃は、まだハイデッガーも健在だったはずだし。
アイヒマン、関係なしですな。
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ゆた147さんのコメント
2015年6月7日
まず、アイヒマンのことではなく。ハンナのことを焦点にした物語です。
でなければこんな題名になっていない。
私はこの映画を見るまでハンナアーレントのことなんて知りもしない教養の足りない人間です。この映画を見る限りで、一番訴えたいのは 思考する ということだと思います。
アイヒマンなくしてハンナアーレントは語れないのでは?と思います。