劇場公開日 2013年4月19日

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「艶っぽい恋愛も派手な救出劇もないのに感動」リンカーン 永賀だいす樹さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5艶っぽい恋愛も派手な救出劇もないのに感動

2013年4月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

興奮

知的

日本における第16代米国大統領エイブラハム・リンカーンは、奴隷解放宣言を発した人で、ゲティスバーグでの演説
"government of the people, by the people, for the people(人民の人民による人民のための政治)"
で知られている。というか、たぶんこれくらいしか知られていない。

ところが本作のリンカーンは、そこからしばらく後、南北戦争終結直前における憲法13条修正案が提出された下院が舞台。
日本人にしてみれば、憲法13条が何なのかも知らなければ、南北戦争の歴史すら知らない。
なんのことやらさっぱり分からない中で進むストーリーは、政治サスペンスの様相を帯びて熱っぽく進んでいく。
これが逆にアタリではないかと思う。

政治的なワードが出てきてつまらんとかいう人もいるみたいだけれど、そういう人は知ってる内容だけで作られたディズニーでも見ていればよろしい。ストーリーを追う必要のないアクション映画なんかもオススメだ。
そういう作品は山ほどある。

しかし知らないからこそ、また逐一説明を入れずともドラマで仕立てる作品こそ、映画というのは盛り込まれるストーリーがふくらみ、感動も大きくなる。
そういう意味では、米国で育って周辺知識が既知の観客よりも、僕らはよりいっそう幸せなのかも。

今、日本でも憲法改正が論議されているけれども、米国における憲法修正も手続きのハードルは高い。議会で3分の2以上の賛成を必要とする。
リンカーンの共和党全員が団結しても20票足りない。まして共和党だって一枚岩じゃない。保守派もいるし、急進派だっている。簡単じゃない。

それをリンカーンは
「なんだ20票か(only twenty)」
と軽く言ってのける。

その自信はどこからくるのか。
憲法13条修正により奴隷制度が廃止され、南北戦争が終結するから。
すでに多数の犠牲を払っている同戦争を終わらせようと、みんな期待して憲法修正に期待したのだ。

しかし議会の行方如何にかかわらず戦争が終わってしまったら?
ここが本作のミソ。
打算的な理由がなくちゃ政治は動かないのか。
人が信じる平等とは何か、平和とは、公正とは何なのか。
目の前の低い課題に流れて、将来にわたって得られるであろうチャンスをフイにしてしまうのか。

劇中、リンカーンはほとんど命令しない。
自らが決断し、そして人々の良心に訴えかける。
だから人々に愛されたのだし、みんながついていったのだろう。
それはまた、思惑の違う人たちの狭間で苦しむ人生を歩む宿命でもある。

立派な息子の父親であり、ごくごく普通の女性の夫君であり、しかしみなが愛する大統領リンカーン。
いささかドラマチックに仕立ててあるのだろうけど、その辺に目くじら立てることはすまい。
この種の題材で伝記よろしくやられたら、それこそ観客はそっぽを向いてしまう。

政治に関するアレやコレやもトリビア的に楽しめるつくりになっている。
米国政治につきもののロビイストがどんな動きをしているのか、大統領と議会の関係、党内調整などなど。
目をつむって耳をふさいだらそれまで。なんだろうと関心を持てば応えてくれる。なにせスピルバーグ監督作品だもの。矮小な精神に逃げ込まなければ大丈夫。

わざとらしい恋愛もなければヒロインの救出劇もない。
だけどこみ上げてくる感動。
この映画はすごい!

では評価。

キャスティング:9(頭にくるバカと優柔不断と狭量の政治家たちがイキイキと。もちろん主演のダニエル・デイ=ルイスはいうまでもない)
ストーリー:10(艶っぽい恋愛も胸躍る救出劇もない。でも胸を熱くさせる)
映像・演出:8(戦争よりも議会をメインにすえたため少し地味。でも時代がかってて好き)
平等と公正:8(これほどガツンと自由について考えさせられる映画は久しぶり)
感動:10(ジワッとくるシーンがいくつも。どれも目から水が漏れ、鼻はワサビをかいだようになる)

というわけで総合評価は50点満点中45点。

日本人は「政治」というだけで遠ざけるきらいがあるから、その意味で本作は向かい風。
しかし鳥は羽ばたくとき風に向かう。苦手意識を押し込めてどっぷりつかってしまえば目が開く。
そしたら何か感じるものがあると思う。あると信じて鑑賞するのがオススメ。

永賀だいす樹