劇場公開日 2012年11月23日

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人生の特等席 : 映画評論・批評

2012年11月13日更新

2012年11月23日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー

オールドスクール、侮るべからず。口当たりのよさよりも後味のよさを

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料理でいうなら、熟成赤身のステーキにフライドポテト添え。服でいうなら、ローゲージのニット。音楽でいうなら、ジミー・V・ヒューゼンのジャズ。そして野球でいうなら、センター前にしぶとく落ちるヒット。

どれもお約束だ。が、どれも飽きが来ない。不満を覚えないどころか、進んで「もう一度」という気分になれる。これは、まんまと敵の術中にはまっているのだろうか。いや、それでもいい。楽しくて、安心感があるのなら、文句をつけるいわれなどないではないか。

人生の特等席」は、そんな感想を抱かせる映画だ。クリント・イーストウッドがアトランタ・ブレーブスの老スカウトに扮し、ノースキャロライナの高校生を見にいく。あとを追うのは、このところ疎遠だった娘(エイミー・アダムス)だ。スカウトは仕事をまっとうできるのか。父娘の間柄は修復可能なのか。

完全に想定内の展開だが、この映画は楽しめる。理由はある。話の先は読めても、イーストウッドの肉体が、ちょっと予想外の表情を覗かせるからだ。おしっこが出なくてうなる場面。亡き妻の墓前で「ユー・アー・マイ・サンシャイン」の歌詞をつぶやく場面。酒場で娘にからんだ男の胸ぐらをつかむ場面。

少しずつ、ほんの少しずつだが、イーストウッドは観客の意表をつく。「老人」という先入観に頭を占拠されている観客に、老体の渋さと老骨の強さをさりげなく覗かせる。

その気配が、やはり並の人ではない。応えて、助演の俳優たちや製作スタッフが嫌な電波を出さない。そんな彼らを信じたのか、新人監督ロバート・ロレンツも、はしたない手つきを見せない。オールドスクール、侮るべからず。映画は、深い真実を掘り当てなくても、小さな真実を見せてくれるだけで十分なときがある。熟成赤身の肉は、口当たりのよさよりも後味のよさを求めている。

芝山幹郎

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