「半醒半睡」リアル 完全なる首長竜の日 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
半醒半睡
「眠くなる」というレビューが多くて、おっしゃる通りだなあと思う。
確かにウトウトしかける。ハッと目覚めても、スクリーンの中では気味悪い夢が続いていて、ウヘェとなる。
夢の中(意識下)を描いた映画なだけに、半醒半睡くらいで見るのがちょうど良いのかもしれない。
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映画にフィロソフィカルゾンビ(外見は普通だが意識を持っていない人間)の説明が出てくるが。夢の中(個人の意識下)では、本人以外は、意識をもたない通行人みたいなもの=ゾンビなのかもしれない。
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夢の中のシーンで、主人公とその母親以外の登場人物が、突然ゾンビみたいになる箇所がある。
で、現実のシーンでは、人間っぽく戻っている。
意識下の段階によって、皆、微妙に演技の質も変えていると思う。
だけども、ただ一人、中谷美紀だけは、どこまでいってもゾンビっぽい。生きてる感じがしない。口を動かさずに喋るので、ゾンビ感がハンパない。
これ、意図的なのか、中谷さんが不器用で演技の幅が無いだけなのか、判断つきかねるのだが、とても不穏。
中谷さんがゾンビのままならば、一応、現実とされているシーンも、センシングも何もかも、実はまだ夢の中の話なんじゃないかと、勘ぐってしまう。
突然具現化する拳銃や恐竜よりも、センシングの器械の方が、よっぽど荒唐無稽で、こっちも夢ですって言われた方が、スッキリするしなあ。
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こうなってくると、漫画家だとか幼なじみとかそこらへんの設定も、誰かの夢(妄想)かもってなってくる。
誰かの意識の中の
暗い部分、負の感情が、少年や恐竜に形を変えているのかもしれないし。
それには屈しないぞという感情が、綾瀬はるかなのかもしれないし。
劇中でてくる「ずっと一緒のような気がするね」というセリフも、穿った見方をすれば、独りの人間の頭の中なんだから、そりゃずっと一緒だろうよ、とも受け取れる。
だから、主人公が目覚めるシーンも、ちょっと怖いんだな。これ、ほんとに夢からさめてんの?と思ってしまうので。
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このような、映画の見方が正しいのかどうか分からない。
「恋人の夢の中に入って、トラウマ治しました」という通常の見方の方が、健全だし楽しいような気もする。
どんな見方もありというか、曖昧模糊とした作りが、まさに夢の中の話だなと思った。
夢と現実の境界を溶かす、中谷さんの不器用力、恐るべしな映画だった。
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追記:
フィロソフィカルゾンビって言葉の響きが、こっ恥ずかしいなあとも思う。
追記2:
表層のストーリーはともかくとして(たいして面白くない)、「独我論…真に存在しているのは自分の意識だけ」の映画としてみれば、しみじみと不思議で面白い映画だったなあと思う。
まあ、本作を観る人がそういうのを求めているかっていったら誰も求めておらず、需要と供給のアンバランスが甚だしくホラーな映画だったけれども。