「前半は黒沢清らしくて良かったのに...」リアル 完全なる首長竜の日 こもねこさんの映画レビュー(感想・評価)
前半は黒沢清らしくて良かったのに...
前半が100点、しかし後半が60点。惜しいと言うか、もったいないと言うか…。後半にまるで映画の色が変わってしまったのが、とても残念でならない作品だ。特に、黒沢清監督だけに、なおのこと惜しいと思う。
自殺未遂で意識不明になった恋人を、なんとか目を覚まさせるために、二人を精神融合して、意識不明の恋人の意識下に潜り込んで、相手の意識を呼び起こそうというのが、この映画の物語。漫画家である恋人が描いていた、ややオカルトっぽい絵が意識下の現実の中に入ってくることで、前半は、オカルト的演出が得意の黒沢清監督の手腕が存分にふるわれている。
黒沢清監督のオカルト的演出とは、お化けや妖怪のたぐいではない。精神が破綻したことからおそわれる心身の崩れであったり、気の迷いを描くこと。つまり、人間性を失くしてしまった恐怖を演出したものだ。この作品でも、相手の意識の中に入った恋人がおそわれる、自分や相手の心身の崩れを直接感じたことでの恐怖を、シュールで幻想的な映像で見せる。前半は、恋人同士でありながら、互いの恐怖を見せ合っているようで、ひとつ間違えば助けることではなく、否定しあって心が離れてしまいそうな緊張感がスクリーンから伝わってきて、見ているこちら側も意識の中を見る怖さを味わっているようなリアルさを感じさせた。
ところが、後半になって、その演出が影を潜めてしまう。恋人の二人の立場が逆転してしまうからだ。
これ以上はネタバレになってしまうので、物語にかかわるところは控えての評価になるので少々分かりにくい文章になるが、肝心なことを言うと、やっと出てくる首長竜のシーンが、単なる怪獣映画のワンシーンに過ぎなくなっている。正直、前半に比べると後半は演出力が後退している、と評されても致し方ない。また、前半から中谷美紀演じる女医の存在が、見ている側はとても気になるのだが、後半になっても結局何の役割も果たさないまま終わってしまう。とりあえず、二つの点を取り上げたが、これだけでも直感的に映画の良し悪しがわかる方にはわかっていただけるのではないかと思う。あとは、映画館で、もしくはDVDで見ていたただいて、私の評価の意味を確認してほしい。
私はこの作品、前半だけなら、これは凄い恋愛映画になるかもしれない、と思いながらワクワクして見ていた。恋愛というのは、相手を好きになって、そして徐々に相手の心のうちを読む楽しみだったりする。その意味ではこの作品、恋愛の最初の部分は飛ばして、いきなり恋人の心を透かして、さらに心の内を実際にスクリーンという俎上に露わになるのを見てしまう、という前代未聞の恋愛映画の演出を見ることになる楽しみを感じられたのだ。ところが、その楽しみは後半になって崩れてしまった。自分としては、それが一番悔しい部分なのだ。