海外特派員のレビュー・感想・評価
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緊迫した時代を背景に、粋を極めたサスペンス演出を披露したヒッチコック監督の傑作
第二次世界大戦があった1940年代に製作されたアメリカ映画が戦後次々に日本公開される中で、ヒッチコック監督のこのハリウッド第二作は、36年後のヒッチコック監督の遺作になった「ファミリー・プロット」が公開された1976年に漸く初公開されました。同じく戦前のイギリス時代の傑作「バルカン超特急」(38年)と併せて、3本のヒッチコック作品が当時洋画界の話題になりました。個人的には、翌年に名画座の池袋文芸坐で「ファミリー・プロット」と「海外特派員」を観て大満足した記憶があります。その時に感じたのは、何故今頃になって本邦初公開になったのか不思議だったのですが、ラストシーンを観て納得したことでした。時局のヨーロッパ、特にイギリスの政治的社会不安を色濃く反映した内容と、まだ参戦していないアメリカのハリウッドが、第二次世界大戦についてどう捉えていたかがプロパガンダの一面を以て直接的に描かれていたからです。
映画の舞台は、1939年8月19日のニューヨーク・モーニング・グローブ新聞社から始まり、そこからロンドンへ行き、続いてアムステルダムに移り殺人と誘拐が発生、再びロンドンに戻って解放され事件解決となり、ここで1939年9月1日のドイツのポーランド侵攻によりイギリス・フランスの宣戦布告があり、そして飛行機でニューヨークへ向かう途中でドイツ軍から攻撃を受け九死に一生を得てアメリカ船に救助され、ラストは空襲下のロンドンのラジオ局。史実ではその間の8月23日に独ソ不可侵条約と付属の秘密議定書が結ばれ、これが後年、大戦に至った最大要因と分析されています。アメリカでの映画公開が1940年の8月16日ですから、約1年で世界を揺るがす激動の時を描いたことになります。しかもヒッチコック監督は、同じ年の1940年の3月にハリウッド第一作「レベッカ」を公開しています。勿論脚本を仕上げて撮影ですから同時進行されての映画制作でしょうが、このスピーディーさには驚きを隠せません。当時のハリウッドが資本面でも人材面でも全盛期と言っていい程の隆盛を誇っていたと想像します。
先ず素晴らしいのは、その時代背景に裏付けされた脚本です。謎の事件から犯人が浮き彫りになり、追跡する主人公の行動がスリリングに展開するサスペンスがお見事。この脚本を書いたのが、ヒッチコック監督と同い歳の「三十九夜」のチャールズ・ベネットという人で、舞台の子役出身から劇作家も脚本家も、そして映画監督もこなした才能あふれる生粋の映画人のようです。もう一人が、ヒッチコック監督の私設秘書兼脚本家のジョーン・ハリソン。加えて台詞担当に『チップス先生さようなら』『心の旅路』のジェームズ・ヒルトンが協力している豪華メンバーです。主人公の新聞記者ジョン・ジョーンズが参加したロンドンの世界平和党の昼食会からオランダの外交官ヴァン・メアが消えて、二日後アムステルダムの和平会議の取材に行くとそのヴァン・メアが現れる。ここで再会の挨拶をしても反応のないヴァン・メアが、ジョンの目の前で謎のカメラマンに銃撃される衝撃。ここに敵スパイが仕掛けたトリックが潜んでいるのが後に分かる面白さ。また世界平和党の代表者ステファン・フィッシャーが大事な会議を前にロンドンに帰るのが、一つのヒントになっています。雨の中犯人が逃げてジョンが追うのを俯瞰のカメラアングルで見せるヒッチタッチ、その黒い雨傘が揺れるショットが、正に目に訴える映画表現の模範です。犯人を風車小屋のある田舎まで追跡するシーンは、時代を窺わせるスクリーン・プロセスでも、きれいに同調させていて緊張感を維持しています。風車小屋の中でジョンのコートが大きな歯車に嚙まれるショットもいい。警察と共に現地に戻ったものの誘拐犯とヴァン・メアは飛行機で脱出したあとで、浮浪者一人がいるだけ。その男が手に泥を擦り付けるのは、薬品の匂いを消すためなのか。これがフィッシャーの娘キャロルの友人記者スコット・フォリオットの目に留まり、ジョンの話を信用する流れになる細かさ。敵に襲われそうになってホテルから抜け出し、客船でロンドンに向かうシークエンスは、ジョンとキャロルのラブロマンスになっていて洒落た台詞があるものの、ジョエル・マクリーとラレイン・デイの地味なキャスティングで盛り上がりには欠けるのは仕方ない。
後半の見所は、フィッシャー家でジョンが工作員のクルーグに気付き、同時に謎の組織のボスがステファン・フィッシャーと観る者が分かることです。父ステファンは上手く取り繕いジョンにヴァン・メアが生きている報道を止めさせ、身の危険を案じてボディーガードを雇う芝居をします。結婚を約束した女性の父親がスパイだったとまだ分からないジョンがどうなるのか、観客の緊張感が高まります。そして登場した実は殺し屋のボディーガードのロウリー、演じるエドマンド・グウェンの背の低さからユーモアと怖さを同時に感じさせます。後の「三十四丁目の奇蹟」や「ハリーの災難」で善人役を好演したイメージで観る面白さもあります。そのロウリーが誘い込むウェストミンスター大聖堂の塔の安全対策が施されていない不自然さもありますが、ここで見せるヒッチコック監督のスリルを醸成する演出の細かさは、やはり素晴らしい。最後はどちらが落ちたのかを見せないで、次のシーンに繋げる。そしてジョンが同僚ステビンズと事務所にいるところにスコット・フォリオットが現れて、仕切り直しの作戦会議が練られるも、キャロルを誘拐してステファン・フィッシャーを脅迫すると言うスコットは、前もってキャロルに指示を出していた切れ者でした。複数の登場人物を絡ませながら、一人一人のキャラクターと役割が巧みに計算された脚本です。そのヴァン・メアの居所を聞き出す交渉場面では、キャロルが早く帰ってきてしまい退出せざるを得なくなるもメモを手にして見ると、娘の車の音を察知したステファン・フィッシャーの勝ちというオチ。それでも粘ったスコットは、ステファンがタクシーに行き先を告げるのを聴き取り、そのステファンに掛けたつもりのクルーグの電話の相手がキャロルだった。ここで流石のキャロルも父親ステファンを疑わざるを得ない展開の上手さと緻密さも素晴らしいです。心理的なクライマックスとなるホテルの一室では、意識朦朧としたヴァン・メアから見たステファン・フィッシャーとその一味にスコットを揃えたショットを真っ黒な背景に映し出します。開戦が避けられない世の非情を憂う外交官の怒りに近い悲しい悟りにも感じられます。条約を交わした2人の記憶にしかない秘密条項をヴァン・メアが言い始めるところは、見るに堪えない黒衣の女性の慄く姿と、緊張で身体が強張るスコットにズームアップするヒッチタッチ。ホテルのアジトに到着したジョンとステビンズが駆け込む階段のショットの最小限に抑えたライティングのカメラワークもいい。その前にスコットが窓のガラスを割って飛び降りるショットでは、模した人形を落として地面に落ちるのはジョージ・サンダースにしたトリックがご愛嬌になっています。
ヴァン・メアが回復して証言が取れるタイムラグを、ショートS.30エンパイヤ飛行艇のシーンに繋げる脚本の構成力も技巧の高さを窺わせます。スコット宛の電報を盗み見て覚悟を決めるステファン・フィッシャーが最後に娘キャロルへの想いを語り、誤解を解こうとするジョンが加わる。ここでドイツ軍の駆逐艦から攻撃され、飛行艇が海上に墜落するまでの撮影と演出がクライマックスへのサスペンスを盛り上げます。急降下する操縦席と後ろに移動する乗客たち、窓から見える損傷した翼のモンタージュが素晴らしい。名画座鑑賞時に最も興奮させられたシーンです。数あるヒッチコック監督の名演出の中で特筆に値するものでしょう。そして今回見直して、その後の水没するシーンの緊迫感と、荒波の中翼に避難する映像の迫力にも感銘を受けました。奥の荒れ狂う海の映像と、手前の過酷なアクションシーンが極自然に融合しています。撮影ルドルフ・マテとヒッチコック監督の高い技量が力を合わせた見事なクライマックスでした。
アメリカのモヒカン船に救助されたジョンたちが戦時下の中立性の為に記事を送れないのを知って、機転を利かせるシーンのユーモアにヒッチコック監督のセンスが溢れています。最後は戦場の現場を報告するロンドンのラジオ放送でアメリカに向けた演説に変わるジョンの語り。アメリカ国歌で閉めるエンディングには、有事の緊急時に駆り立てる愛国心のプロパガンダがあります。更にアメリカだけが傍観者のままで良いのだろうかのメッセージも感じ取れます。一年後日本の真珠湾攻撃によってアメリカが第二次世界大戦に参戦した歴史の事実を思うと、このラストシーンは意味深です。政治的な見方もできるヒッチコック監督のこのハリウッド映画は、アメリカ国家に寄り添いながら自らの演出技巧を全編に見せ付けた傑作になりました。
スリルとサスペンス、ユーモアと美女にスペクタル要素、そして米国民へのメッセージ
1940公開のヒッチコック監督のハリウッド第二作。
スリルとサスペンスにユーモアと美女と、英国時代の良い点満載のヒッチコッックらしい、大戦直前時欧州が舞台の映画。
主人公ジョエル・マクリーがオランダで殺人犯乗った車を追いかけるも、車が忽然と消えるシチュエーションは流石。犯人グループ潜む水車小屋の中への潜入し、人数多く見つかりそうなスリルの連続。コートが水車歯車に巻き込まれるて大変も何とか脱いで危機回避、コートもちゃっかり回収するユーモア。
英国新聞記者ジョージ・サンダースが黒幕の娘ヒロインのラレイン・デイに命狙われた主人公とのケンブリッジ避難を仕掛ける展開も、ユニークで面白かった。娘の誘拐と黒幕に思わせての犯罪の白状を迫る目的。無鉄砲な主人公と対照的に、英国人サンダースが知恵に満ちた良い味を出していた。
無名だったらしいライアン・デイの美貌にはびっくり。主人公とヒロインのインスタント恋愛のシナリオには相当の無理があるが、それを払拭するに十分のお嬢様的な若さに満ちた美しさであった。
ラスト、黒幕に主人公とヒロインまで乗った飛行機がドイツ艦船に誤狙撃されて墜落する展開は、予想外だった。海原に放り出されあわや全滅というスペクタル映画の要素まで入れ込んできて、観てる方は大満足。米国艦船に助けられるのだが、本社に電話をかけっぱなしで、艦長との会話及び意図察したサンダースの説明的コメントを流して、スクープ情報を伝える展開はユーモアも有り、ヒッチコックらしいアイデアで感心させられた。
最後の爆撃されてる中でのロンドンからの米国民向けの生中継での、”米国は世界に残る最後の光だ“のメッセージは、ヒッチコックの英国民としての本音ではあるが、米国民へのおべんちゃら性は少々感じた。実際、米国の開戦は、本映画公開の翌年1941年末まで待たねばいけなかったことを再認識。
ヒッチコックの戦争映画
物語のあらましは中盤でほぼ分かるので、後半は犯人を追いつめる話になる。
墜落シーンなど、とにかくお金のかかっていそうな映画だった。
最初は反戦映画かなと思って見ていたら最後、世界中が暗闇だ、アメリカよ、灯を絶やすな、とロンドンからハバストックが参戦を呼びかけるところで終わったのにはびっくりした。
よかった
第二次世界大戦前夜のドラマを開戦直後に公開していて当時見た人たちはさぞ生々しい感じを味わった事だろう。半分くらい見て寝て一日開けて続きを見たので、ちょっと分からなくなってしまったけどけっこう面白かった。飛行機の墜落シーンは迫力があったのだけど、実際はあんなものではなくもっと凄そう。
開戦前夜の気配も感じられる娯楽映画
米国特派員 ジョーンズ(マクリー)の活躍物語だが、
後半、フォリオット役でジョージ・サンダースも参戦
実直なジョーンズに対し、ちょっと策略を巡らす
フォリオットは、彼にピッタリ
サンダースも活躍すると 映画はがぜん、面白くなる
こんな ハツラツ振りは、珍しいかも…
暗殺場所(地上) →
風車小屋/ホテル/展望台/監禁ビル(高所) →
旅客機(空中) →→→→→ 墜落
と、事件現場や攻防場所が どんどん上昇して、
急降下するのも面白い
「風と共に去りぬ」で大成功した
プロダクションデザイナー、メンジーズの功績も
かなりありそう
フィッシャーが 単なる悪役でなく「祖国」を思う人物、として語られているのも 娯楽映画に徹していて、後味は悪くない
ヒッチコックの才能を 実感出来る映画
オファーを断った、クーパーは大失敗でしたね
でも、ジョエル・マクリー、適役だったと思います
時代を切り取るということ
80年も前の映画なので今どきの凝った出来のサスペンスと比べるのは失礼千万、サスペンスの帝王と称されるヒッチコック監督40歳、ハリウッド転身2作目となる当時珍しい特撮も盛り込んだ力作である。
事件の焦点となるオランダ・ベルギー講和条約の機密条項については明かされないままで気になった。時期的にみればオランダの中立宣言表明かもしれないが、暗示されるのは第二次大戦のきっかけとなった独軍のポーランド侵攻の鍵となった独ソ不可侵条約(ポーランド分割統治の密約)だろう。事実関係は別として諜報戦が繰り広げられていたことは想像に難くない。1940年公開(開戦は39年)というからほぼリアルタイムにサスペンス手法でここまで踏み込んだ映画を作ったということに驚愕する。最後のラジオのシーンは伝説のCBS記者エド・マローを連想させる、これも時代背景だろう。
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