「二人の男性の間で苦悩する女工の物語」時の貞操 Belleviewさんの映画レビュー(感想・評価)
二人の男性の間で苦悩する女工の物語
時は昭和6年。製糸工業は日本の重要な産業であった。
この映画の主人公の森しづ江は、津島製糸工業で働く優秀な女工。毎年、優れた糸を作り最高点を取っていた。この年も、昨年同様に優勝した。そして、優勝者と次点の女工は、東京で開かれる博覧会の出席者に選ばれ、工場長の津島東三(若原雅夫)と共に、東京へ出張した。その夜は、祝杯を挙げて楽しいひと時を過ごした。その後、津島はしづ江との合意の上で、東京の街へ出かけた。然し、そこで二人は取り返しのつかない過ちを犯してしまう。
工場へ戻ったしづ江、東京での出来事が頭から離れず、仕事が散漫となり、上司から激しく叱られた。 一方、津島はしづ江に「出来心からああなってしまい申し訳ない」と謝り、「責任を持って面倒を見る」と申し出るが、しづ江は津島を責めるどころか、逆に場長から「人間はみな平等であるべき。現在の女工は奴隷のように扱われているが、女工は立派な技術者だから、自信と誇りを持つように」と、教わった。
当時の女工は、貧しい農家の出身者が多かったため、工場の異常な管理体制や女工に対する不純な行為に、対抗することはとても難しかった。それ故、しづ江にとり、津島のような都会で教育を受けた若い工場長の女工に対する理解に驚くと共に感謝した。
しづ江には、同郷の幼馴染の能代(伊沢一郎)という恋人が同じ工場で働いていて、将来は結婚しようと考えていた。それ故、しづ江は、能代を置いて、津島と過ちを犯したことを心から詫びた。然し、能代はしづ江を責めるどころか「結婚して、子供と共に津島に面倒を見て貰おう」と提案する。するとしづ江は、「そんな人は嫌い」と、逆に能代を遠ざけた。
ちょうどその頃、新潟県警の大熊特高係(志村喬)が、アカ狩り一斉捜索の一環として、津島製糸工業を訪ね、津島に会った。大熊は、津島がどれほど女性に貢いでいるかを聴き正したかったが、津島は相手にしないで答えなかったため、新潟警察へ連行された。同じ時、大熊は、しづ江が津島から援助を受けている内容の手紙を見つけ、しづ江を暴力して自白させようとしたが、彼女は一切を語らなかった。
結局、津島としづ江から確証が得られず、二人は釈放された。然し、津島は工場長を辞職、しづ江は工場から解雇されたため、二人は別々に上京していた。しづ江は、人を介して、自称政治運動家と名乗る山下(石黒達也)のアパートで世話になった。不在となるため世話ができない山下の代わりに、上京した大学時代の友人の津島に、(しづ江の)世話を依頼。そこで津島はアパートを訪れた。
思いがけなく再会した二人だったが、しづ江には、津島に頼る意志は全くなく無かった。その再会で、「警察で辛抱できたのは、工場さんから教えてもらったお陰です。」 更にしづ江は津島から「自分に自信と誇りを持つこと。それができなければ、犬や猫と同じ」と教わったことをあらためて感謝し、「自分で生きて行く」と、はっきり告げた。
その会話をドア越しに盗み聞きした能代は、自分のこれまでの行為を恥じた。彼は、去って行く島津を追いかけて、過去の不道徳を詫びたが、島津は相手にせず去って行った。
能代がしづ江との別れを告げた時、彼女は持っていた紙幣を能代に渡して成功を祈り、最後まで能代を気遣った。
結論。この映画は、しづ江の一夜の過ちから、裏切ってしまった幼馴染で恋人の能代と、考えてもみたことがなかった人間の生き方を教えてくれた津島との間で、揺れ動く苦悩が見事に描かれている秀作だと思う。
これは青春時代に経験した辛い出来事ではあったが、この事でしづ江は大きく成長し、二度と同じ汚辱と苦難の道を繰り返すことなく、立派に生きて行くに違いない。