アンデスを越えて 南米の日本人たち

劇場公開日:

解説

南米に移住した日本人達を描く長篇色彩記録映画。「標高八、一二五メートル マナスルに立つ」の毎日映画社と「新中国縦断長篇記録映画 新しき大地」の光報道工芸の共同製作。構成・撮影は光・報道工芸の佐伯啓三郎、撮影助手は毎日映画社の秋元賢治。一八五七年九月から十二月まで、太平洋岸のペルーにはじまり、アンデスを越えて大西洋岸に達する一万五千キロにわたる撮影行。豊富な現地録音が収められてある。色彩はイーストマンカラー。

1958年製作/78分/日本
原題または英題:Over the Andes
配給:パラマウント映画
劇場公開日:1958年6月20日

ストーリー

日本の三・三倍ほどの面積と一千万の人口をもつペルー。この国には現在約五万の日系人がいて、ブラジルにつぐ南米第二の移住者人口である。明治三十二年、最初の移住者が入国してから約六十年の年月が過ぎた。ペルーの首都はリマ。太陽の帝国インカを滅ぼしたスペイン人の建設した町で、邦字新聞も発行され、二世三世のための学校や施設もある。インカやプレ・インカ(インカ前期)の遺跡はアンデス山中の古都クスコを中心に散在する。中でもマチュピッチュの壮大なインカ遺跡や、チチカカ湖の景観がすばらしい。この湖をわたるとボリビアで、首都はラ・パス。高山都市である。住民はほとんどインカの後裔インディオたち。これらの古い風俗と近代化への途をすすむラ・パスの表情が交錯する。日本人移住地はサン・ファン。昭和二十九年以来、営々と密林を開拓する移住者たちの生活が紹介される。次はパラグァイ。ボリビアと同様、海のない国で、二十年前から日本人が移住。せまい日本からの町ぐるみ移住者はほとんどこの地区に入っている。パラグァイ、アルゼンチン、ブラジル三国の国境にはナイアガラをしのぐ世界第一の瀑布イグァスがある。ここをあとにブェノス・アイレスへ。人口三五五万。南米一の大都会である。この町には六百軒の日本人店がある。タンゴの発祥地ボーカから大草原へ。そしてブラジルへ。首都リオ・デ・ジャネイロは世界三大美港の一つ。ブラジルの日系人は四十万、その中心はサン・パウロ。南米第二の大都会だ。ここでも日本人はブラジル国家に大きな貢献をしている。農業ばかりでなく、最近ではミナス製鉄所をはじめ各企業へも進出している。サントスはサン・パウロの外港で、明治四十一年六月、ブラジルへの最初の移民船「笠戸丸」が到着した港。それから半世紀、ブラジルの日本人たちは、新しい未来に向ってたゆまぬ活動をつづけている。

全文を読む(ネタバレを含む場合あり)

スタッフ・キャスト

全てのスタッフ・キャストを見る

映画レビュー

映画レビュー募集中!

この作品にレビューはまだ投稿されていません。
皆さまのレビューをお待ちしています。
みんなに感想を伝えましょう!

レビューを書く