ノートルダムのせむし男(1939)
解説
かつて映画化されたことのあるヴィクトル・ユーゴー作小説「パリ聖母寺」のトーキー化で、「描かれた人生」「噫無情」のチャールズ・ロートンが主演する。「茶碗の中の嵐」「黄金(1936)」の原作者ブルーノ・フランクが改作し、「シカゴ」「牧童と貴婦人」のソーニャ・レヴィーンが脚色、「科学者の道」「真夏の夜の夢」のウィリアム・ディーターレが監督に当り、「男の敵」「俺は善人だ」のジョセフ・H・オーガストが撮影したもの。助演はロートンが英国から連れて来た新人モーリン・オハラ、映画初主演のニューヨーク劇壇の新進エドモンド・オブライエン及び名優として名高いウォルター・ハムデン、「スタンレー探検記」「虚栄の市(1935)」のサー・セドリック・ハードウィック、「駅馬車(1939)」「ハリケーン(1937)」のトーマス・ミッチェル、「夜は必ず来る」のアラン・マーシャル、「牧童と貴婦人」のハリー・ダヴェンポート、「グレート・ワルツ」のミナ・ゴンベル等である。
1939年製作/アメリカ
原題または英題:Hunchback of Notre Dame
ストーリー
ルイ11世治下のパリ。ノートル・ダム寺院の鐘楼守カジモドは、生れつきの傴僂であり、見るから醜い男であったが、20余年前に寺院の一段に捨児してあったのをフロロ伯爵が拾い上げ、彼の兄であるこの寺の僧正に托したのであった。カジモドは僧正になつき、伯爵には心から畏れ服していた。ある時ジプシーの娘エズメラルダは、禁を破ってパリの市中に現われ、役人に追われて寺院の中へ逃げ込んだ。僧正は彼を鐘楼に隠まおうとしたが、カジモドを見た彼女は恐れて外へ逃げ出す。エズメラルドに心をひかれた伯爵は、カジモドに命じて彼女をさらわせたが、それを見た放浪の詩人グランゴアルが大声を出したので、市中警護の将校フィーバスが彼女を救った。その時エズメラルダの胸には男らしい彼の姿が焼きつけられる。この罪で捕えられたカジモドが広場で笞刑に処せられた時、水を飲ませてくれたのはエズメラルダであった。獣のようなカジモドにも初めて人間らしい感謝の念が起こる。エズメラルダは乞食頭クロパンに引取られて暮していたが、そこへ迷い込んだグランゴアルは乞食たちに捕って私刑に処せられようとした時、彼女は自ら彼と結婚すると申出てその命を救った。しかしエズメラルダの心にあるのはフィーバスだった。ある夜の踊りで彼と楽しく舞っている時、嫉妬に狂ったフロロ伯爵はフィーバスを殺し、罪を彼女に着せて去った。グランゴアルの必死の弁護も、カジモドの献身的な努力も効なく、彼女の無罪を信ずる僧正はもとより、ルイ11世も力をつくしたが、どうにも彼女の無罪を証拠だてることはできなかった。そしてついに彼女が絞首台に登らされた時、カジモドは彼女をさらって鐘楼の上に隠してしまう。寺の中には俗界の掟は通用しないので、官憲も彼のをどうにも出来なかった。エズメラルダがカジモドの親切によって鐘楼にいる間に、僧正はルイ11世の前でフロロ伯爵が殺人犯人であることを自白させる。ルイ王は直ちに彼女の赦免状を出したが、その時乞食頭クロパンは、彼女を寺に置いては危険と思って、徒党を組んで寺へ押しかける。それを見たカジモドは、エズメラルダの身に危険が迫ったと考え、クロパン一味の上に材木、巨石、鉛の湯などを浴びせる。そして彼女に身近に迫ったフロロ伯爵はカジモドの手に仆れ、クロパンも石に当って重傷を負ったが、娘の赦免を聞いて安心して眼を閉じる。エズメラルダとグランゴアルの上には、かくして幸福が訪れた。
スタッフ・キャスト
- 監督
- ウィリアム・ディターレ
- 脚本
- ブルーノ・フランク
- 脚色
- ソーニャ・レビアン
- 原作
- ビクトル・ユーゴー
- 製作
- パンドロ・S・バーマン
- 撮影
- ジョセフ・オーガスト
- 特殊効果
- ヴァーノン・ウォーカー
受賞歴
第12回 アカデミー賞(1940年)
ノミネート
編曲賞 | アルフレッド・ニューマン |
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音響録音賞 |