「ふたつのおくりもの」エル・スール humさんの映画レビュー(感想・評価)
ふたつのおくりもの
娘・エストレリャが回想しながら綴るのは、内戦で深い心の傷を残す父・アグスティンの姿。
そして家族のそばで自身も成長しながら変わっていく様子。
戦火が消えても燻りは続き、蝕まれたものが漂う。
その状況下で葛藤もありながら大切にする文化、家族の日常、成長や老い、こどもの世界と大人の世界。
エリス監督が紡ぐそんなシーンのひとつひとつは光と影を操られた絵となり、そこに機微を浮かびあげる。
惹き込まれ佇むうちに迎えるラストが放つものは、前作の長編「ミツバチのささやき」と同じにおいが立ち込めるのだ。
許されることのない醜い戦争。
しかし、その爪痕にも確かに開かれていく新しい〝目〟があり、困難から立ち上がろうとする〝息吹〟の力があること。
それを見失わないことは未来につながる希望だということ。
本作も重厚でゆったりした雰囲気のなかに鋭く抉る視線が忘れない印象を刻む。
そして幾度となく人の心の温かさでくるまれると、運命に翻弄された人生を余計にくっきりと感じるのだ。
それは震えるほど切ない。
だからなのだろうか。
私もただひとつの希望にすがるようにこの物語を胸にしまいこんだのだった。
………
スペイン北部の一軒家。
母娘がくつろぐ窓辺から雪が積もった庭がみえる。
南(スペイン南部)では雪が降らないのよと言う母との会話から、エストレリャは父の故郷にまつわる過去を知ることになる。
自分の誇りであり大好きな父の知らない部分にエストレリャの困惑は広がる。
薔薇をはわせた大きなパーゴラ。
南をみつめる風見鶏のかもめ。
タイル使いのパティオは中央に水辺を配し縦長にくるりと植物や置物で囲む。
そこに浮かぶ手造りの小舟。
ポストカードで何度もみた南部セビリアのイメージをこの家の庭に感じ、父・アグスティンの美しい郷愁を信じてきたのに。
屋根裏部屋に鍵をかけ籠る父が抱えている孤独。
それはエストレリャにとって、凍てついたおもちゃの小舟のように哀しげに思えたのではないだろうか。
久々に再会した父の乳母ミラグロスが、今は幸せか?と尋ねた時もだ。
父は頷くが見抜かれたのを察し念押しには答えられなかった。
その後ろ姿はエストレリャには違和感として伝わったようだった。
母やミラグロスから聞く父の過去、祖母から感じ想像するもの。
それをもとに探るエストレリャはやがて新たな謎に出会う。
町でみかけた自分の知らない父の姿。
エストレリャは父の秘密を確信する。
そして、父は昔の恋人からの返信を読む。
厳しい文面に混在するかつての愛と絶望と時間。
調律中のピアノの不穏な音のように、家出を繰り返すようになった父が母と喧嘩する声がする。
父がだんだんと遠い存在になっていく。
本音を知りたいエストレリャに対し、体裁を気にし自分を子ども扱いする母への怒り。
こっそり屋根裏部屋に戻り、殻に閉じこもる父への幻滅。
そして、その父の深い悩みをようやく理解したときの涙は、ただここから逃げたいと思う気持ちにつながる。
長い沈黙の時間を破り父がエストレリャを食事に誘う。
そこで「思ったまま何でも口にする」ことを羨ましいと言う父に、遠慮せず質問したエストレリャ。
父は動揺、その後この後の授業をさぼれないかとの願いに呆れつつ彼女は断り席を立つ。
おそらく父は「思ったままを口にしようと」する最後の覚悟をしていたのだ。
しかしそれも叶わず。
ボーイフレンドについて「気をつけて」と見送った父の精一杯の仕草に胸が痛くなった。
父はひとり、戻れない時間を思い返したのだろう。
昔の恋人、親、妻や娘。
みんなの心を遠くに置き去りにしてきた自分のことを
娘が覚えていてくれた祭りの日の音楽を聴きながら。
でも、それももう確かめることもできない。
すっかり大人になっていた娘に父が遺したものは、楽しくて仕方なかった時間を思い出す大切な振り子。
そして答えを出さずに終えた沈黙のゲームのヒント。
エストレリャは旅立つ。
ふたつのおくりものをカバンに詰め、故郷を捨てざるを得なかった父の人生を訪ねに。
私のこれからのためにも、私だけが連れていけるEl Surへ、父と。
修正済み
そうですね。不器用ながらも、いまから娘との関係を始めようとしたのに、すでに遅し。娘の方は自分の気持ちに応えてくれない父に対してすでに冷めていて、父の思いに応えることはなかった。父にしたら痛恨の、取り戻せない間違いを犯していたことを思い知ったんだと思いました。思いがすれ違って、切ないです。
かばこさん コメントありがとうございました。たしかによそよそしさが切なかったですよね〜。
でも不器用ながらも最後に向き合おうとした姿、達成できずに遺したものの内容。そこからどうにか娘に伝えたかった気持ちは父のなかにあった昔から変わらない愛と信頼だと感じ私はやられてしまいましたよー🥲
こんにちは
私には父の、娘に対する「他人さ」を感じて切なかったです。
父はずっと、自分の薄いバリアのなかで過ごしており、他人に、娘すら例外ではなく、バリアを超えて踏み込むことも踏み込まれることも拒絶していたように見えました。長々とスミマセン。
コメントありがとうございます。
エリセ監督が好きなので、新作を昨日観てきました。
レビューはまだ書けてないですが、余韻にひたりたくて人様のレビューを読んで、共感ポチりました。
わかりやすい作風ではないけど、エリセ作品はやはり好きです。
こんばんは♪
コメントいただきましてありがとうございました😊
あの並木道がずっと続くところとか情景が美しく、悲しいことなんて感じられないのに、
あのホテルのレストランも落ち着いていて悲しいことの前触れが全く無いのに、 ‥‥‥です。