エル・スールのレビュー・感想・評価
全41件中、1~20件目を表示
父が不気味な他者と化す経験
ビクトル・エリセ監督作品。
陰影の画がすごい。
親がふとした瞬間に理解不能な他者として立ち現れる経験は何となく分かる。
子どもの頃は、常にそばにいて親とは一心同体な関係である。
しかし親には当然、子どもの生まれる前の思い出/記憶があり、別個の人間である。それが本作では、少女エストレーリャの初聖体拝受式を契機に象徴的に描かれている。聖体拝受式とは、正式に自分の意志でカトリック教徒になる儀式だという。だからこの儀式を通してエストレーリャは自立した「大人」となるのである。「大人」になった彼女は、父であるアグスティンと対等にパソ・ドブレを踊る。しかし踊りの曲は、父が捨て去った故郷の曲“エン・エル・ムンド”である。それは「大人」になった代償に、自分では分有不可能な父の記憶、父の他者性が到来してしまうことを示している。
この父の他者性は、最後に父娘が会話を交わすホテルでの食事シーンで示唆的である。エストレーリャが授業のために去った後、引いた画でアグスティンを撮るショットは、彼が何を考えているのか分からない禍々しい存在であることを十全に描いている。
本作では、スペイン内戦という〈出来事〉とそれにより引き裂かれる人々の記憶/物語を映画に昇華している。
歴史に根差した作品をもっとみたい。
夢の中で繰り返される後悔に寝汗
ビクトル・エリセ監督が、デビュー作『ミツバチのささやき』から10年を経て発表した第2作。スペインの北方地方で暮らす家の父親が南(EL SUR)の生まれ故郷を捨てて来た道程を娘の眼を通して描く物語です。
父の過去に何があったのか詳しく語られはしないのですが、過去への悔恨・後悔・哀切が娘の眼を通して描かれ、穏やかな父が過去に縛られている事が明らかになって来ます。
「あぁ」
と、スクリーンと向き合いながら溜息が漏れてしまいました。この歳になると、父の思いが身に染みるんですよねぇ。消しゴムで最早消す事のできない過去が突如甦り、夢の中で繰り返される後悔に寝汗をかいて目覚めるのです。
最新作『瞳をとじて』まで、エリセ監督が沈黙を数十年間続けた訳が分かる気がします(恐らくその想像は外れているでしょうが)。
公開前にカットされた後半90分を是非観たいなぁ。傑作です。
想像力を働かせて観たが、難しい
1957年のある朝、枕の下に父アグスティンの占い用振り子を見つけた15歳の少女エストレリャは、父は亡くなったのだと察した。それから、エストレリャは、父との日々の事、内戦のスペインの事や、南の街から北の地へと引っ越してきた事などを回想した。そして、エストレリャは南に向かった、という話。
絵画の中の風景、情景のような絵作りでそこは美しかった。
スペインの内戦で疲弊した人たちは多いのだろう、精神を病んでしまった人も多いのだろう。そういう事を十分理解した上で観ると違った気持ちになれるのかも知れない。しかし、自分のようにその辺の背景や庶民の暮らしなどを知らない人が観ると、父の行動は理解できないし、娘は南へ行って大丈夫?なんて思ってしまう。
一見さんお断り作品なのかなぁ?
難しかった。
8歳時のエストレリャ役のソンソーレス・アラングレンは可愛かった。
かもめの家 〜 父を見つめていたあの頃
1957年、スペイン北部の田舎町で暮らす医師の父、元教師の母、15歳の私。
幼い頃から父を慕っていた少女エストレリャは、父の深い苦悩を知る。少女から娘へ。
映像は絵画のように美しく、中でも父親と娘が幸せに満ちた表情で踊るシーンに魅了された。
映画館での鑑賞
「秘密」を描くのにこれ以上のものがあるだろうか。重要なのは、秘密そ...
「秘密」を描くのにこれ以上のものがあるだろうか。重要なのは、秘密そのものの中身やそれらを暴き出していくこと、といったありがちなやり方ではなく、秘密を持ってしまったこと、秘密があることを直観してしまったこと、それによってこれまで明らかだと感じていたことがうまくできなくなってしまったこと、そしてそれが簡単に解消できずに溜まっていってしまうこと、こうした秘密に関わるものたちの描き方にあるのだと感じた。
映画としての基調を成している部分の完成度もまた素晴らしい。独特の暗みがかった映像、抑制された音が作り出す静寂の重厚さそして、こどもが持つ危うげな視線の表現、これらがこの映画の雰囲気と美しさを仕立てあげていて、終始崩れないでいてくれることで、中盤終盤になってもだれることなく、引き込まれ続けることができる。
女として父を見ていた娘
10代の頃見たが、どんな映画だったか思い出せない。
父と娘のハナシだった、気の良いおばちゃんが出てきた、思い出すのはそれくらい。
なので、今回再見しました
画面が光と影のコントラストを強調した絵画のようで美しい
薄暗いスペインの風景、室内の佇まいがこころよく落ち着きます。
大きな窓に隔てられた外は雪だが、母と二人で過ごす居間のテーブルの、温かくここちよさそうなこと。
ファザコンは間違いないですが、エストレーリャが父を見る目が「娘」というより「女」の目線のようで、私には気持ち悪かった。
自慢の父が本当に愛していたのは自分ではなく、「イレーネ・リオス」。
その事実と、父が親ではあるが「男」であることを思い知らされた思春期の少女のショックはいかばかりかと思う。
ピカソが「ゲルニカ」を表したように、スペインの内線は惨く過酷で、肉親や親しい人たちもそれぞれ敵味方に分かれて争う悲惨なものだったらしい。
父は内戦で心裂かれてしまったようで、妻にも娘にも癒やされることが無かったようだ。
妻や娘に対してすら他人行儀で心を開かず、無理難題は言わないが相手を思いやることもない。自分以外はすべて「他人」のようで異様な感じがした。
孤独に耐えかねてそういう自分を変えたかった、遅まきながら娘と触れ合おうとしたのかもだが、娘にしたら今更そう言われてもね、という反応は、まったくごもっとも。
父は孤独に絶望したのでしょう
それでも、娘に残すであろう傷のことは考えなかったのか、と思う。
これでは娘は自分のせい、と思って後悔するし自分を責め続けるだろう。
病気になってしまうのも当然だ。
やはり彼には妻も娘も他人でしかなかったと思う。いくら娘に拒絶されたにせよ。
夫には別に意中の人がおり、慈しんで育てた娘には「自分を世話してくれるヒト」程度にしか認識されず、さらにあんな形で夫と死別の後、娘は夫の故郷に行く
お母さん、気の毒すぎ。
長いこと「イレーネ・リオス」という名前が時々浮かんできて、誰だったか思い出せなかったが、この映画からだった、というのが一番の発見でした
映画の内容を思い出せなかったのはきっと、当時の私が寝てしまってほとんど見てなかったんだろうと推測
個人的にミステリー映画になっていました
そして今回も睡魔との戦いだったわ
蛇足ですが、エストレーリャの幼少期を演じた子役が、「大草原の小さな家」のローラに、少し似ていた、と思いました。
静かな映画でした
「エル・スール」とはスペイン語で「南」のことらしいですね。お父さんの出身地を指しているようです。(お父さんの乳母さんが魅力的でした)
主人公の(小さい頃の)女の子が、「大草原の小さな家」のローラに、少しだけ似ていた。
コントラスト
10年振りに再鑑賞しました。カメラから語りかけられる様な静かな作品で、光と影のコントラストが美しいです。父が秘密にしていた女性のことと自分の思想を隠さざる得なかった内戦の風景が重なりました。
格調高い秀作。でもちょっと眠気が……
「『瞳をとじて』公開記念 ビクトル・エリセ特別上映」で鑑賞。
気品あふれる、素晴らしい作品です。
巧みな光と陰の表現がとても美しい。
ストーリーには、上質な文学作品、たとえばヘミングウェイなど欧米の短編小説のような趣も感じました。
前作『ミツバチのささやき』同様、独特の「間合い」が見るものを魅了する。
そして物語は鑑賞者を知らずしらずのうちに人間存在の深いところへ静かにいざなってゆく。
「何がおもろいねん」というお話を、ここまでじっくりと見せてくれる手腕にあらためて感心。“魔法使いエリセ” と胸のうちでつぶやいちゃいました。
でもさすがに何度かちょっと眠気に襲われたということも、ここに告白しておきましょう。
あんまり疲れているときに見てはいけない映画ですね。
追記
アントニオ・ロペスを撮ったドキュメンタリー『マルメロの陽光』も是非、劇場で見たい!
少女が成長するにつれ、明かされていく父の秘密!
ビクトル・エリセ監督の最新作『瞳をとじて』の
予習として鑑賞しました。
主人公の少女エストレリャの視点から、
大好きだった父との関係性を軸に、母や祖母といった
家族との関わりや認識なども変わっていく、
せつなく心に沁み入る作品でした。
『ミツバチのささやき』同様、
俳優陣の表情や佇まいが素晴らしいと思いました。
主人公の心の機微を実に丁寧に描いているところが
好きですし、そこが見どころだと思います。
エリセ監督作品を2作立て続けに鑑賞し、
なんとなくではありますが、エリセ監督の特徴が
わかった気がします。
『瞳をとじて』、楽しみです。
娘の瞳に映る父親
「ミツバチのささやき」「瞳をとじて」に続いて「エル・スール」をヒューマントラストシネマ渋谷で。劇場で観るのは三十数年振りである。
3週間の間にビクトル・エリセの50年3本を
スクリーンで観る事が出来た。
光と影の演出が「ミツバチのささやき」よりも際立っていたと思う。
3作とも娘と父親の関係を軸に、映画が絡むのは同じだ。映画が上映されているスクリーンに映っているものがそれぞれ大きな意味を持つ。
そして、その上映されている場所が、「ミツバチのささやき」の巡回上映から「エル・スール」では映画館に変わり、「瞳をとじて」では閉館した映画館になってしまうのである。
年齢が上の分「ミツバチのささやき」のアナよりは「エル・スール」のエストレリャの方が父親に近づく。しかし、「ミツバチ〜」から50年後のアナでさえ父親とは解り合えないのだ。
父親は生命を絶ち、娘は父親がかつて捨てた南の地へと向かう。製作されなかったその後の部分で「南」へ行った後の娘は何を見て、何を感じたのだろうか。
最近、私の誕生日には3才から映画館に連れて行った娘のオゴリで一緒に映画を観ている。今の娘の瞳に父親の私はどう映っているのだろう。
主軸は、父と娘の話
静かで暗めで、少し眠くなってくるけど、終わりに向かって、だんだん面白くなっていきます。
だいたい理解できたんだけど釈然としなくて、いろいろ調べてみたら、けっこう分かってなかったな…と(笑)
観る前に読んだ紹介文に“暗いスペインの歴史を描いた”とか“スペイン内戦”とか書いてあったので、主軸はスペインの歴史だと思ってたけど、違いますね(笑)
その紹介文が間違ってる(笑)
スペインの歴史は関係なくはないけど、主軸は父と娘の話です。
その視点でも、けっこう分かってなかったんですけどね(笑)
あまり明確に分かりやすく描かれないので難しいです(笑)
『ミツバチのささやき』
『エル・スール』
『瞳をとじて』
の順で、2番目に好きです。
『コット、はじまりの夏』みたいなロケーションが出てきて、同じく絵画みたいな画が美しい。
黒バックに白字が無音で上がっていくエンドロールといい、寡黙な作風ですね。
これから観る方は、あらすじ読まず、あまり調べずに観た方がいいと思います。
あらすじにサラッとネタバレ書いてあるトコありました、注意!!!
光と影の中の少女:『エル・スール』の世界
✨「エル・スール」の魔法にかかる時。ビクトル・エリセ監督が、「ミツバチのささやき」以来10年ぶりに放つ長編第2作は、イタリアの名優オメロ・アントヌッティと共に、少女の目を通して見た暗いスペインの歴史を繊細に描き出します。この映画の中で、父親と母親の複雑な関係性の中で成長し葛藤する少女の視点は、フェルメールの風景画を彷彿とさせる街の景色とともに、画面の色合いの雰囲気を美しく昇華させています。一度見たら忘れられない、心に残る物語。🖼💔 #エルスール #ビクトルエリセ #オメロアントヌッティ #スペイン映画 #歴史映画 #フェルメール #映画美術 #映画レビュー #名作映画 #映画好きな人と繋がりたい #映画鑑賞 #心に残る映画
ふたつのおくりもの
娘・エストレリャが回想しながら綴るのは、内戦で深い心の傷を残す父・アグスティンの姿。
そして家族のそばで自身も成長しながら変わっていく様子。
戦火が消えても燻りは続き、蝕まれたものが漂う。
その状況下で葛藤もありながら大切にする文化、家族の日常、成長や老い、こどもの世界と大人の世界。
エリス監督が紡ぐそんなシーンのひとつひとつは光と影を操られた絵となり、そこに機微を浮かびあげる。
惹き込まれ佇むうちに迎えるラストが放つものは、前作の長編「ミツバチのささやき」と同じにおいが立ち込めるのだ。
許されることのない醜い戦争。
しかし、その爪痕にも確かに開かれていく新しい〝目〟があり、困難から立ち上がろうとする〝息吹〟の力があること。
それを見失わないことは未来につながる希望だということ。
本作も重厚でゆったりした雰囲気のなかに鋭く抉る視線が忘れない印象を刻む。
そして幾度となく人の心の温かさでくるまれると、運命に翻弄された人生を余計にくっきりと感じるのだ。
それは震えるほど切ない。
だからなのだろうか。
私もただひとつの希望にすがるようにこの物語を胸にしまいこんだのだった。
………
スペイン北部の一軒家。
母娘がくつろぐ窓辺から雪が積もった庭がみえる。
南(スペイン南部)では雪が降らないのよと言う母との会話から、エストレリャは父の故郷にまつわる過去を知ることになる。
自分の誇りであり大好きな父の知らない部分にエストレリャの困惑は広がる。
薔薇をはわせた大きなパーゴラ。
南をみつめる風見鶏のかもめ。
タイル使いのパティオは中央に水辺を配し縦長にくるりと植物や置物で囲む。
そこに浮かぶ手造りの小舟。
ポストカードで何度もみた南部セビリアのイメージをこの家の庭に感じ、父・アグスティンの美しい郷愁を信じてきたのに。
屋根裏部屋に鍵をかけ籠る父が抱えている孤独。
それはエストレリャにとって、凍てついたおもちゃの小舟のように哀しげに思えたのではないだろうか。
久々に再会した父の乳母ミラグロスが、今は幸せか?と尋ねた時もだ。
父は頷くが見抜かれたのを察し念押しには答えられなかった。
その後ろ姿はエストレリャには違和感として伝わったようだった。
母やミラグロスから聞く父の過去、祖母から感じ想像するもの。
それをもとに探るエストレリャはやがて新たな謎に出会う。
町でみかけた自分の知らない父の姿。
エストレリャは父の秘密を確信する。
そして、父は昔の恋人からの返信を読む。
厳しい文面に混在するかつての愛と絶望と時間。
調律中のピアノの不穏な音のように、家出を繰り返すようになった父が母と喧嘩する声がする。
父がだんだんと遠い存在になっていく。
本音を知りたいエストレリャに対し、体裁を気にし自分を子ども扱いする母への怒り。
こっそり屋根裏部屋に戻り、殻に閉じこもる父への幻滅。
そして、その父の深い悩みをようやく理解したときの涙は、ただここから逃げたいと思う気持ちにつながる。
長い沈黙の時間を破り父がエストレリャを食事に誘う。
そこで「思ったまま何でも口にする」ことを羨ましいと言う父に、遠慮せず質問したエストレリャ。
父は動揺、その後この後の授業をさぼれないかとの願いに呆れつつ彼女は断り席を立つ。
おそらく父は「思ったままを口にしようと」する最後の覚悟をしていたのだ。
しかしそれも叶わず。
ボーイフレンドについて「気をつけて」と見送った父の精一杯の仕草に胸が痛くなった。
父はひとり、戻れない時間を思い返したのだろう。
昔の恋人、親、妻や娘。
みんなの心を遠くに置き去りにしてきた自分のことを
娘が覚えていてくれた祭りの日の音楽を聴きながら。
でも、それももう確かめることもできない。
すっかり大人になっていた娘に父が遺したものは、楽しくて仕方なかった時間を思い出す大切な振り子。
そして答えを出さずに終えた沈黙のゲームのヒント。
エストレリャは旅立つ。
ふたつのおくりものをカバンに詰め、故郷を捨てざるを得なかった父の人生を訪ねに。
私のこれからのためにも、私だけが連れていけるEl Surへ、父と。
修正済み
これぞ映画!と叫びたくなる
「ミツバチのささやき」よりこっちのほうが好き。アナの圧倒的に美しいまなざしの数々ような奇跡的なショットはないかもしれないが、宗教画のように美しいショットは前作以上。
前作も素晴らしい自転車のショットがあったが、今作もある。エストレリャが自転車で手前から向こうまで自転車で移動し、戻ってきたら7年経っているショット。往路復路で俳優も代わっている。これぞ映画!と叫びたくなる。
予算の都合で予定の半分しか撮れなかったということで、尻切れトンボなのかと思いきやそんなことはなく、開かれた良いエンディング。もちろん、完全版が観たかったがそれは叶わぬ夢。
ミツバチのささやきの監督、かなりの寡作。 前作は解説を聞かないとた...
ミツバチのささやきの監督、かなりの寡作。
前作は解説を聞かないとただ子供ながらの幻想混じりの話かなぁとなって、映画を通して訴えかけていることが暗示的すぎて理解しきれなかった。
今作も観る人たちに委ねる余白の多い作品だが、主人公のナレーションがある分理解しやすい。
ただ、前作のようなメッセージはないのかなぁと考えるとミツバチの〜方に軍配が上がる。
繊細なやりとりと美しい陰影
「エルスール」はなかなか劇場で観るタイミングがない作品だったのでうれしい
初公開ぶりに見直してみたけど、秘密を抱えてる父と娘との繊細なやりとりを美しい陰影の画面で見せる綺麗な作品だった。
娘のエストリァの服が素朴だけどおしゃれで可愛かった。
全41件中、1~20件目を表示